万歳台本 黒子万歳(ほくろまんざい)ボツ案―えんすけっ!版(酉)

脚本
折口忍(おりぐちしのぶ)
出演 : 略称
牧田スガ(まきたスガ):牧
今野円(こんのまどか):円
衣装
牧:白いしるくはっと。立烏帽子などの万歳姿に見たてる。
円:赤いまうんてんはっと。大黒頭巾に見たてる。風呂敷を背負っている。
二人揃って白地のぶらうすに赤いねくたい。

本編
黒子万歳 今野円・牧田スガ


二人:(群衆をかき分けて出るように)どいたどいた。ヌエやヌエや。(よい処にきて、二人向き合う)
円:ふうんなるほどぉ、ツグミやなぁ。
牧:あほ言え。ツグミはツグミでもトラツグミや。
円:そうなぁ、ヒョーンとかスーンって鳴き声が聴こえてきたわぁ。
牧:よう見てや。頭は猿で胴は狸、手足は虎で尾は蛇やろ。
円:見てやって言われても声はすれども、姿は見えぬってなもんやろぉ。ノブスマ系にも分類されるってもんやなぁ。風呂敷みたいにひ〜らひ〜らやぁ。
牧:いつからヌリカベなどとともに分類された……ってそりゃあんたムササビや。れっさぁぱんだやらムササビやらヌエの正体事情も大変やなぁ――それはさておいて風呂敷といや、あんたそこに担げてるのん、何や。
円:これかぁ。
牧:そうや。
円:こらなぁ。
牧:気い持たすな。――どうせまたこれからは必勝ダルマがくるとか言って大量に仕入れたんやろ。
円:そんなダルマ職人を嘆かせるような流行とは立ち位置が違うんやでぇ。こう見えてもなぁ。れっきとした文化事業に出かけるのやぁ。
牧:なに、文化人。そら、こおらを飲んで支那蕎麦を喰ってなれるやつか。いんてりげんちゃか。
円:ええ加減にしなはれぇ。文化事業やぁ。
牧:文化事業? なにをするんや。
円:新しい妖怪を拾いに行くんや。妖怪研究会に入るからにはこれからもあることやぁ。しっかり覚えといてやぁ。
牧:新しい妖怪! そりゃけったいなことやな。ふん。
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。(露西亜民謡 どん底の歌)
牧:新しい妖怪はおらんかねーって感じか。そんなことばかりしてると不審者扱いされるぞ。場合によっちゃ村八分や。
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。新しいって言っても文献には出てこないような妖怪や伝承の聞き取りやがなぁ。
牧:焼き鳥! 塩かタレどっちにするかな。
円:そりゃ塩やろぉ。ご近所のあきはんいうおなごはんが、串からすーっと肉を取り分けてくれてなぁ。盛り合わせで色々な部位を食べるんやぁ。
牧:おいおい。正気か。焼き鳥は串から食べてなんぼやろ。(串ごと口に頬張る動作をする)食べたい人分、串を頼めや。
円:こほん。焼き鳥の話でないわぁ。今日はな聞き取りや……。聞き取りをする時は妖怪のよの字も出しちゃいかん。地域の歴史や伝承に興味がありますぅ〜って体でなぁ。
牧:そうか。地域の歴史や伝承に興味がありますーって感じか。面白そうやな。おれもなあ、ちょっとその、文化人たら、焼き鳥たらに連れて行ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:そうやぁそうやぁ。そうせんことには部内の話題に遅れるでぇ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所になぁ。
牧:この近所にな。
円:大きいな、声がぁ。
牧:そうか。ヒョーンとかスーンとか鳴いてな。(円が白い目で見るので)こほん、まっまぁ人が聞いたら、みんなついて来よるさかいなぁ。
円:聞き取りの神さんみたいなお方がいやはる。
牧:焼き鳥の神さんがいやはる。そこへお参りして鱈腹喰わしてもらうんか。焼き鳥を。(また串ごと口に頬張る動作をする)
円:(ふぅと溜息をして)いいかぁよく聞きやぁ。焼き鳥(串から肉を取り分ける動作をする)でも月鳥(ヌエの異名)でもあらへんよぉ。聞き取りの神さまみたいな方がいやはるのやぁ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたんやぁ。
牧:年が明けたっていつ? 結願の日も近いやないか。
円:とっくに明けとるがなぁ。確かに亡者送りの日も近いけどなぁ。
牧:まぁそりゃめでたいこっちゃ。なるほど、お祝いするはずや。これが祝いでおられるか。
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて(柳田先輩にむかって)、今日はお日がらもよろしゅう御座りまして、ヌエの鳴き声も聴こえません。ヒザマや波山もおりません。
円:言うてる尻から、大体その手にもっと焼き鳥はなんなんやぁ。
牧:こっこれはあれや焼き鳥の神さんやから焼き鳥を持って焼き鳥調査ってもんや。(焼き鳥を串から直接もぐもぐ食べる)
円:(手を額に添えて顔を隠して)あんたはそれやぁ。しゃべりついでに、同人誌の言いわけもしてもらおうか……。
牧:へぇへぇ。実のところ、年内中に出すはずになっていた冬の同人誌ですが合宿や何やらで遅なりましてまことに申しわけがございません。
円:さてとぉー、行きまひょかぁ。(風呂敷の重さを意識する)
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。(風呂敷を下ろして)
牧:えー全部?
円:こんなん分担して担げまへんょ。
牧:よっよっしゃ。

(がちゃがちゃがちゃ。風呂敷から中身が転げ落ちる音)

円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。ふうふう、ぱたぱた(吹いたり、叩いたりして泥を払う)
牧:こら、なんや鏑矢やな。(矢を手に持って)おお、これで行こ(ヒョーンと言う)
円:立派になったなぁ。
牧:おだてるな。
円:いいえ。ほんま立派になって、トラツグミかと思ったわ。繰り返し真似すると上手くなるもんやなぁ。
牧:誰がれっさぁぱんだや。(両手を上にあげて威嚇するようなポーズで)そう言うおまえは赤い帽子に白いべべ着て鶏みたいやないか。
円:やっぱり取り分けて食べたい感じが出てしまうなぁ。っと話が戻ってしまうでぇ。しかし、何やら気が張るなぁ。
牧:その気の張ったところで、一つ行こか。
円:何をやぁー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるで作った同人誌で当時のめんばあが聞き取り調査を行ったと言われている。(フライドチキンを頬張りながら)
円:ちょ、待ちぃ。そんな格好して雛の僧のつもりか。わてまで怒られるわぁ。大体、作業が未完なのはあんたの編集分やぁ。 牧:ほろり。バサ(鶏)も駄目。マキ(蛇)も駄目。
円:伝わり難いなぁ。大体蛇は食べてないわぁ。

(柳田先輩苦笑い)

牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。(二人、見物に向かって、一礼、坐る)
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。(風呂敷から物を出して横座の柳田先輩に献上する。りっくさっくを「円」に渡す)
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、見物の方々へも、聞き取り調査の神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けをしまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。(威張っている)
円:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがなぁ。
牧:そうともそうとも。えらいとこが見たかったら、『チャブクロ』まで来い。
円:あほらしぃ。そりゃお客さんやからなぁ。えらいんやなくて店の人が下手に出とるだけやないかぁ。そんなんやったらうちかて、見せたげるわ。(のっしのっしと歩くふり)
牧:こんなとこ見せたげるで(胸を張ってそれを誇示するように右手で右肩の当たりを叩く)
柳田先輩:えへんえへんー。(咳払い)
二人:わぁ。さよなら、さよなら。





黒子万歳 鎌倉音東・折口忍

――パタンとノートを閉じて鎌倉音東(かまくら おとひ)は折口忍の方を見る。
「今回は大黒衣装はベスト系を無くしたんだ」
「鶏感出してみた」
「鶏感を出す意味がよくわからないけど、まあ」
「まあ悪くないだろ」
「悪くはないけど、焼き鳥の下りが少し多めな気が……」
「焼き鳥は一串一人だろ」
「相変わらずの潔癖ね……」
「あと柳田先輩自身が聞き取りを行うかと言うと難しいところね」
「そこは強引だったか」
「焼き鳥に繋げたいだけなのが……」
 そう言うと音東は不採用ボックスに酉版のノートを入れた。
 そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。


(2017.01.08 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』(ほくろまんざい)ボツ案―えんすけっ!版(酉))