二人:（群衆をかき分けて出るように）どいたどいた。エンコやエンコや。（よい処にきて、二人向き合う）
牧:ふうんなるほど、さるやな。
円:あほ言ぇ。猿猴っていうたら分類的には河童の仲間やろぉ。
牧:そうか。中国・四国の代表的な河童やな。
円:でもよう見てやぁ。河童の仲間とは言われるけど身体なんかは毛むくじゃらのもじゃもじゃ博士ぇ。
牧:なんやそのなんでも大博士みたいなのは。猿は猿でも猿戸さんか。
円:お皿も甲羅もあらへんなぁ――甲羅といや、あんたその背中の鞄は何や。まるで甲羅やなぁ。
牧:これか。
円:そうやぁ。
牧:こらな。
円:気い持たすなぁ。――どうせ、つまみ食いの中華まんとか入っとるんやろぉ。中華街にでも行ってきたんかぁ。
牧:いつもの中華まんも捨てがたいけど今回は立ち位置が違うんや。こう見えてもれっきとした文化事業に出かけるんや。
円:なに、文化人。そらぁ、こおらを飲んで支那蕎麦を喰ってなれるやつかぁ。甲羅とこおらをかけてんのか。
牧:ええ加減にしなはれ。文化事業や。
円:文化事業ぉ? なにをするんやぁ。
牧:季節の行事を再現するんや。成木責め。妖怪研究会に入るからにはこれからもあることや。しっかり覚えといてや。
円:なんとかかんとか言うても、やっぱり皆で集まって楽しいことしようってことやないかぁ。
合唱:のぞことままよ塀は越されぬ。自由にこがれても鎖は切れぬー。（露西亜民謡 どん底の歌）
円:遊びと行事は切っても切れんってことかぁ。
牧:よう言わんわ、この人。ほうくろうの一環やがな。
円:ほうくろうとなぁ。ほーほーってな。
牧:そりゃふくろうや。ほうくろうちゅうのはこれ。（フォークを持ちながら）
円：なんだか意味わからんなぁ。人肉食用のフォークかぁ。何処ぞの魔神かぁ。やっぱり猿戸さんやなぁ。
牧：こほん。ズウーのことは言わんとってな。フォークを持って『フォークロア』なんて頭によぎったことは謝るわー。
円：しゃあないなぁ。
※偉そうに
牧：でっ季節の行事はな、ご近所のさくらはんやつなはんやいうおなごはんが、方々に出かけはるんや。それで、わても朝はようから起きて。
円:朝はようから起きてぇ。
牧:お隣の人、留守頼んます。今日はほうくろうの調査だす……。
円:そうかぁ。ほうくろうの調査だすぅ。そう言うて出て来るのんかぁ。それでぼうりんぐなんかに遊び呆けないだけでも感心やぁ。それほどえらいもんになっているとは知らなんだぁ。おれもなあ、ちょっとその、季節の行事たらに連れて行ってんかぁ。ちっとこれから、勉強するわぁ。
牧:そうやそうや。そうせんことには部内の話題に遅れるでぇ。
円:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
牧:今日は行くとこ、決まってるで。
円:そらよかったぁ。
牧:この近所にな。
円:この近所になぁ。
牧:大きいな、声が。
円:そうか。ふくろうでもないとるのかね。ほーほーって（牧が白い目で見るので）こほん、まっまぁ人が聞いたら、みんなついて来よるさかいなぁ。
牧:ほうくろうの神さんみたいなお方がいやはる。
円:ふくろうの神さんがいやはるぅ。なんか宿ってるんとちゃうかぁ。
牧:（ふぅと溜息をして）いいかぁよく聞きや。たたりもっけも宿っておらへんよ。『フォークロア』の神さまみたいな方がいやはるのや。
円:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
牧:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたんやぁ。
円:年が明けたっていつぅ? 誰に断って明けたんや。
牧:とっくに明けとるがな。年を明けるのにあんたに断らにゃならんってのは初耳や。
円:実際の生活経験とは思いがたいやろぉ。それはそれとしてめでたいこっちゃぁ。なるほど、お祝いするはずやぁ。これが祝いでおられるかぁ。
牧:まぁそんなところでよかろ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよって。
円:なにぃ。
牧:こっちのことやわ。
円:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
牧:おとなしゅうしてんねんで。
円:はいはい。
牧:あんまりそわそわしたらいかんで。
円:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて（柳田先輩にむかって）、今日はお日がらもよろしゅう御座りまして、ホホホぉ。
牧:言うてる尻から、なんやその気持ち悪い笑いは。
円:こっこれはあれやふくろうの神様やからなぁ。ホーホーや露骨やからアレンジってやつやぁ。
牧:（手を額に添えて顔を隠して）あんたはそれや。しゃべりついでに、同人誌の言いわけもしてもらおうか……。
円:へぇへぇ。実のところ、年内中に出すはずになっていた冬の同人誌ですが合宿や何やらで遅なりましてまことに申しわけがございません。
牧:さてとー、行きまひょか。（鞄の重さを意識する）
円:ああしんどぉ〜。重いやろなぁ。
牧:薄情なやつやな。
円:持ったろかぁ。
牧:あたり前や。そうこなくちゃな。さぁ担げなさはれ。（鞄を下ろして）
円:えー全部ぅ〜?
牧:こんなん分担して担げまへん。
円:よっよっしゃぁ。
（がちゃがちゃがちゃ。鞄から中身が転げ落ちる音）
牧:言わんことか。みんな泥だらけになったよ。ふうふう、ぱたぱた（吹いたり、叩いたりして泥を払う）
円:こら、なんや御幣やなぁ。（何回か振ってみる）おお、これで行こぉ。
牧:立派になったな。
円:おだてるなぁ。
牧:いいえ。ほんま立派になって、御幣猿かと思ったでぇ。
円:誰のおかげで魔が去るってぇ。ヒヒヒぃ。
牧:また気持ち悪い笑いやな。今度は狒々とかけてんのか? いい加減あんたにはかまってられん。猪でも捕まえときなさい。
円:気張ってるなぁ。
牧:あんたがあてにならんからな。
円:よっしゃその気の張ったところで、一つ行こかぁ。
牧:何をや。
円:お古いところをぉ。
牧:ええやろ。
円:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園でぇ。古くはバケモノ会という非公認さあくるで柳田先輩がこの笛を吹いたことからほくろうと呼ぶようになったぁ。（ふくろうの形の笛を吹くとホーホーと鳴る）
牧:ちょ、待ち。そりゃモマ笛やないか。先輩がそんな笛吹いてるの見たことないやろ。わてまで怒られるわぁ。
（柳田先輩苦笑い）
円:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
牧:へ、へ万歳。
円:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
牧:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物や。一つ御礼申そやないか。
円:申すぅ申すぅ〜。（二人、見物に向かって、一礼、坐る）
牧:ここで、お土産をひらこか。
円:出しますぅ出しますぅ〜。（鞄から物を出して横座の柳田先輩に献上する。鞄を「牧」に渡す）
牧:これでお祝いのおさらえはできた。一つ、見物の方々へも、ほくろうの神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けをしまひょうか。
円:よかろぉよかろぉ〜。（威張っている）
牧:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがな。
円:そうともぉそうともぉ〜。こう見えて偉いでぇ〜。
牧:あほらしぃ。そしたら同人誌早いとこ完成させてな。
円:早く原稿も出してなぁ。
（口論が始まる――アドリブ）
柳田先輩:えへんえへんー。（咳払い）どうでも良いけど早く（同人誌）を出すか。出すか。
二人:わぁ。なります、なります。
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東（かまくら おとひ）は折口忍の方を見る。
「このまどかちゃんの格好。随分コストダウンしたわね」
「ああ悪漢みたいな感じで良いだろ」
「何そのイメージ。あっあと今回は珍しくカタカナを使ったのね」
「うーんフォークを持ってフォークロアって言うくだりが使いたかったけどほうくろうだとしっくりこなくてな」
「呆れた。その程度で諦めるポリシーなんだ」
「そこはぽりしいって言いたいな」
そんな不毛なやり取りを年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
（2016.01.03 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』（ほくろまんざい）ボツ案―えんすけっ！版（申））