二人:（群衆をかき分けて出るように）どいたどいた。カイチやカイチや。（よい処にきて、二人向き合う）
円:ふうんなるほどぉ、羊やなぁ。
牧:あほ言え。羊に似とるとは言われるが羊と違うぞ。
円:そうやろぉ。中国なら羊っぽいけど、長い角一本やったわぁ。
牧:よう見てや。朝鮮半島に渡ったらヘテって言われとったわ。獅子みたいで羊のひの字もないで。
円:わたしメリーさん今、船橋にいるのってもんやなぁ。
牧:あなたのうしろにいるのってそりゃ都市伝説や。それも羊のひの字もあらへん――あなたのうしろといや、あんたそこに担げてるのん、何や。
円:これかぁ。
牧:そうや。
円:こらなぁ。
牧:気い持たすな。――どうせ、旅行の土産に菓子では気がきかないって買った郷土玩具やろ。
円:そんなんおみやげ用郷土玩具と立ち位置が違うんやでぇ。こう見えてもなぁ。りっくさっく全盛時代やねんなぁ。れっきとした文化事業に出かけるのやぁ。
牧:なに、文化人。そら、こおらを飲んで支那蕎麦を喰ってなれるやつか。いんてりげんちゃか。
円:ええ加減にしなはれぇ。文化事業やぁ。
牧:文化事業? なにをするんや。
円:図書館に出かけて文献を漁るんやぁ。妖怪研究会に入るからにはこれからもあることやぁ。しっかり覚えといてやぁ。
牧:なんとかかんとか言うても、やっぱり文献調査か。ふん。やっぱりいんてりげんちゃや。
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。（露西亜民謡 どん底の歌）
牧:そんなことばかりしてると抑留されるぞ。
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。民間伝承を調べに行くのやがなぁ。
牧:みかん! みかん狩りか。食べるには良い時期やけどなー、狩るには遅いなー。
円:遅いっちゃぁ、採話するには遅いなぁ。体験者はどんどんいなくなるでぇ。けど書いてあるもんはぁ、図書館にごろごろしとるらしいでぇ。ご近所のおっとーはんやるいはんやいうおなごはんが、やすみになると出かけはるんやぁ。それでぇ、わても朝はようから起きてぇ。
牧:朝はようから起きて。
円:お隣の人、留守頼んますぅ。今日は民間伝承の調査だすぅ……。
牧:そうか。民間伝承の調査だす。そう言うて出て来るのんか。それで映画の見物やないだけでも感心やー。それほどえらいもんになっているとは知らなんだ。おれもなあ、ちょっとその、文化人たら、みかん狩りたらに連れて行ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:そうやぁそうやぁ。そうせんことには部内の話題に遅れるでぇ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所になぁ。
牧:この近所にな。
円:大きいな、声がぁ。
牧:そうか。わたしメリーさん。あなたのうしろにいるのって。（円が白い目で見るので）こほん、まっまぁ人が聞いたら、みんなついて来よるさかいなぁ。
円:民間伝承の神さんみたいなお方がいやはる。
牧:みかんの神さんがいやはる。そこへお参りして鱈腹喰わしてもらうんか。みかんを。
円:（ふぅと溜息をして）いいかぁよく聞きやぁ。みかんでも箕借りでもあらへんよぉ。民間伝承の神さまみたいな方がいやはるのやぁ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたんやぁ。
牧:年が明けたっていつ？ アマメハギやスネカも来るんかー。
円:とっくに明けとるがなぁ。それにアマメハギもスネカも時期はともかく距離は遠いぞぉ。
牧:ちょっと出掛けるのはきっついなー。まぁそりゃめでたいこっちゃ。なるほど、お祝いするはずや。これが祝いでおられるか。
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて（柳田先輩にむかって）、今日はお日がらもよろしゅう御座りまして、鵬がどよどよ空を飛ばない日本晴れ、狐の嫁入りも見れません。
円:言うてる尻から、大体その手にもっとみかんはなんなんやぁ。
牧:こっこれはあれやみかんの神さんやからみかんを持ってみかん伝承ってもんや。（みかんをもぐもぐ食べる）
円:（手を額に添えて顔を隠して）あんたはそれやぁ。しゃべりついでに、同人誌の言いわけもしてもらおうか……。
牧:へぇへぇ。実のところ、年内中に出すはずになっていた冬の同人誌ですが合宿や何やらで遅なりましてまことに申しわけがございません。
円:さてとぉー、行きまひょかぁ。（りっくさっくの重さを意識する）
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。（りっくさっく下ろして）
牧:えー全部?
円:こんなん分担して担げまへんょ。
牧:よっよっしゃ。
（がちゃがちゃがちゃ。りっくさっくから中身が転げ落ちる音）
円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。ふうふう、ぱたぱた（吹いたり、叩いたりして泥を払う）
牧:こら、なんや鼓やな。（紐がついていたので首にぶら下げて叩いてみる）。おお、これで行こ（ぽんぽん）
円:立派になったなぁ。
牧:おだてるな。
円:いいえ。ほんま立派になって、津軽の太鼓の火の見櫓かと思ったでぇ。
牧:誰が本所七不思議で忘れられがちなやつや。そう言うおまえは赤い半纏やないか。
円:赤い半纏きせましょかってそりゃ都市伝説やぁ。話が戻ってしまうでぇ。しかし、何やら気が張るなぁ。
牧:その気の張ったところで、一つ行こか。
円:何をやぁー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるで作った同人誌が未完だったこととから民間伝承と言う。（白い帽子の上にみかんを乗せる）
円:ちょ、待ちぃ。そんな格好して鏡もちかぁ。わてまで怒られるわぁ。大体、作業が未完なのはあんたの編集分やぁ。
（柳田先輩苦笑い）
牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。（二人、見物に向かって、一礼、坐る）
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。（りっくさっくから物を出して横座の柳田先輩に献上する。りっくさっくを「円」に渡す）
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、見物の方々へも、民間伝承の神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けをしまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。（威張っている）
円:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがなぁ。
牧:そうともそうとも。えらいとこが見たかったら、『つぼみ』まで来い。
円:あほらしぃ。そりゃお客さんやからなぁ。えらいんやなくて店の人が下手に出とるだけやないかぁ。そんなんやったらうちかて、見せたげるわ。（のっしのっしと歩くふり）
牧:こんなとこ見せたげるで（胸を張ってそれを誇示するように右手で右肩の当たりを叩く）
柳田先輩:えへんえへんー。（咳払い）
二人:わぁ。さよなら、さよなら。
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東（かまくら おとひ）は折口忍の方を見る。
「ちょっと統一感が無いかも」
「やっぱりオットーもそう思うかー」
「うん、羊より馬の方が良いかもね。羊にすると大陸に寄りがちだし」
「うーむ、あとは羊だと図版系の名前のないのとかな」
「都市伝説も少し強引だね」
「難しいところだな」
「まれびともナマハゲ、トシドンぐらいにした方が……」
そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
（2015.01.03 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』（ほくろまんざい）ボツ案―えんすけっ！版（未））