えんすけっ! カスタードで注入を

茶糸しよみ紅佐あけほの


 ぴこぴこぴこッぴかぴかッ、電話が掛かってきた事をしらせる点滅が、茶糸しよみ(ちゃいと しよみ)のカバンの中から見えて来る。
「おぉーーっ、鳴ってます、待ってます」
 しよみのカバンは紙で出来ているので、その点滅の輝きはスグにそれと見えてとれるのだった。
 ただし紙で出来ているとは言っても、コシのある和紙とファンシーペーパーの合体ワザで製造されているカバンで、薄くはあるがメチャ強い、という茶糸しよみ渾身の自作グッズのうちのひとつである。
「はいー、しよみですー、もっしもっし?」
「梅唐(うめから)から?」
 しよみの横に立っている背の高い――しよみは背が小さいので対比で余計に高く見える――少女・紅佐あけほの(べにすけあけほの)が、小声で訊く。しよみが着ているのはセーラー服、あけほのが着てるのはブレザー、いずれもすぐにそれとわかる解人高校と悟徳学園の制服である。
「めろちゃんは起きてるみたいだ、からから」
「そうなの、からから」
 通話しながらのしよみの答えに対し、あけほのはムダ語尾をつけてうなずくと数歩あるいた先に張ってある車止めのチェーンに寄りかかる。車止めの先は駅前のロータリーで、タクシーが数台、3月の昼間の日の下でぼんやり停車していた。
 しよみは、しばらく何かを電話口でしゃべっていたが、ちょうどトラックが通過して、あけほのの耳もとにその内容は入って来ない。

 青いトラック、銀色のトラック、レッカー車、大きな自動車の列がつづく。
「じゃーあー、すぐに行くからね、あ、おやかたが一緒に行くからね、心しておきなよーっ」
 通話し終えたしよみが、てこてこと車止めのほうへそのまま駈け寄る。
「めろちゃんは、やっぱり例のところに居るみたいですよっ」
「ふーん……またまた優雅な生活をしやがって……。しかし、お・や・か・たって言うなって何度いったらいいんだよっ、茶糸氏(うじ)!!」
「あっ、通話事項がすっぽりちゃんと聴こえているっ!!」
「だいぶ耳ざとくなってるの!」
 あけほのは顔を傾けて右耳を前に出すと、しよみの顔に近づけるように少し前かがみになる。
「……ごめんなさい、めろちゃんがポロっと出しちゃうから、こっちもついポロっと」
「全く、困ったやつだ、梅唐め!!!!!!!」

 

梅唐めろ


「どっぐゎぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、だめだって!! だめだって!! こら!! わーーーーーーーっ!!!!」
 梅唐めろ(うめから めろ)の大きな声が室内に響き渡る。

 ベリッ!!!!

 うすいたまご色と淡いメロン色の壁紙に囲まれ、天井までの高さも幅広いそのホテルの一室は、一瞬のうちに殺伐な緊張感につつまれる。
 間を置かずに何かが引き裂かれる音が空気をふるわせた。
「だめだってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 天を仰いで絶叫する、めろ。
 その眼は、絶望の淵の水底に強制移転通知を出された仔羊のような色をしていた。

「……ごめんなさい、めろちゃんがズイっと動いちゃうから、こっちもついズイっと」
 茶糸しよみは顔を天井を向けて倒れているめろをのぞきこみながらそう言った。


 セーラー服のままのめろが倒れ込んでいる床面には、山のように紙が撒き散らかっており、いっぽう、あけほのの頭の上には少しぶ厚い(80枚とじのノートぐらいの厚み)スクラップブックがページを約半分におっぴろげて乗っかっている。
「しょみしょみ、キミってやつは何工程ぶんの作業を水泡に帰したかわかってるんですかですかッ……ふぁッ……?!」
 さだまらない視線のまま、めろがふらふらした発音をする。
 あたりに撒き散らかっているのは、梅唐めろが日頃からあつめている各種新聞紙・雑誌・インターネット記事の中にあるヘンな俗語やあやしげなモノの目撃談やくだらないコラージュ画像などの切り抜きやプリントアウト。
 どうやら、これを整理分類をある程度完成させたキチョーな〔山〕が、盛大に崩落し、その一角は見事に、しよみのかわいいローファーの靴底によって無残なるバラバラ死体と変貌していたのだった。
「うわー、ごめんって、ごめんって、ごめんなさい」
「……どぐゎッ……!!」
 勢いよく下げたしよみのおでこ爆撃から、咄嗟に逃げるめろの顔面。
「茶糸氏より、梅唐氏のこの部屋の使いっぷりのきたなさのほうが問題あるだろ……ホテルの従業員を少しはいたわれ」
 そうささやくと、あけほのはピョィと小さく背のびをして、うずたかくつまれていた大量の〔山〕崩落によってやって来た頭の上のスクラップブックを払いのけた。
 梅唐めろは、解人高校の近くにある駅の先にある割と大きなシティホテルのかなり特上な部屋を、ほぼ自分の家同様にして生活している。そこから解人高校に通学していたりするのだが、大体は、きょうこの日のように通学もせず、だらだらと室内で自分の好き勝手なことをする、といった放埓な女子高生ライフを送っている。学校のほうで何かしら問題になるんじゃないのか、とも当初はいちばんの友人のしよみからも思われていたが、何かしらの〔エライヒト・パワー〕があるらしく、そのあたりのことは問題にはなっていないようだった。
 あけほのの頭の上からバサッと落ちたスクラップブックの見開きには、大量のクリームパイの写真が貼り込まれていた。
「……すごくゴミ」
「あっ、かなり言っちゃってるね!!! べにすけ先輩っ!!! それはねぇ、大事な資料だよッ、わかってるんですかですかッ?!」
 何かが芯に火をつけたのか、めろはガバリと起き上って、あけほのの小声のつぶやきを糾弾する。
「それはクリームパイの写真にあって、クリームパイのみの写真にあらずッ!!!!」
「……いや、ゴミ」
「どぐぉっ!!!」
「まあまあ、めろちゃんもストップ、あけほのさんもストップ」
 しよみが間にスイッと入ってストップさせようとするが、めろ・あけほのの白い視線がジロッと交叉する。――が、そのとき部屋の電話が〔のぞきからくりの八百屋お七〕のメロディーと共に鳴り響き出す。

「もーーー。……あー、もしもしッもしもしッ、わすだ」
 めろが広いベッドの上であぐらをかきながら受話器を取ると、フロントから涼しい声が届いて来た。
「ウメカラさま、フロントの芋鶴(いもづる)ででございます。お届け物が配達されて参りましたので、おしらせを……」
「あー、じゃ、夕方ごろ取りに行きまー」
「いえ、かなり寸法も大きく……その……こちらでも保管箇所が確保いたしかねますので……、かかりの者にお部屋まで届けさせます……です」
「大きい? わかっりまっしたー、いつもあんがとねー」
 ガチャンと受話器を置くと、めろは再びあけほのに対峙してクリームパイについての〔ふぇちずむ〕を大贈呈するつもりだったが、あぐら状態からヨイショと立ち上がり、ベッドのたわみからフワワンとギリギリまで短いスカートをなびかせ降り立った頃には、もう部屋の入り口のチャイムが鳴り、荷物がお届けされてしまった。


「はい?」
 扉をチョロっとあけて配達係りのお兄さんに視線を向けるめろ。その脇の下あたりからは、しよみも一緒に部屋の外を眺めている。
 見てみると、確かに相当大きな梱包の荷物が1つ、ドスーンと台車に乗せられて、梅唐からの受領サインを待っていた。
「わー、何が届いたの? これ」
 台車のまま受け取ったその荷物を押して来ながらしよみが訊くが、めろは舐めるようにその
「……特にこんなデカブツになるようなもの頼んだおぼえはないどぐぉ……」
「きょう、梅唐氏のところへ来た目的は、これを頂戴することだ」
 からからからと進む台車の前に、あけほのがズン、と立ちふさがる。
「えっ?!」
「どぐぉ?!」
 がさがさがさッと、梱包を開けだすあけほの。
 すると、梱包材の中からはツノの生えたブルーの毛むくじゃらな人間が四つん這いになってるような形をしたどう見てもナゾの物体があらわれた。
「いろいろと海外注文して買うにしても、大きい寸法のものを家庭に届けられると受け取りのときに困るからね、今後は梅唐氏のこの部屋を受け取り場所に使わしてもらうことにした」
「どぐぉぉぉ???!! せんぱいっ、ひとの一国一城をそこらの波止場の倉庫裏みたいなクソ利用すんのはやめてくださいくださいッ!!!??」
「いいでしょ、どうせ梅唐氏の使ってるこの部屋で提供される水も飲み物も、1階の喫茶室もすべてうちの会社の製品つかってるんだから、それくらい」
「……くぅぅぅ、ここでエライヒトパワーを出されるとつらいどぐぉ……」
 がっくりと床にへたり込む芝居を打つめろ。
「うわぁぁぁ……、おや……ッ、あけほの先輩ッ、今度のこれは獣人のどんなシリーズですか?」
 台車を部屋のすみに片づけて来たしよみが獣人の顔をふさふさと触りながらたずねる。
「獣人ローチェスト」
 あけほのがそう答えながら、獣人のおへそのあたりを触ると、中に内蔵されてる小物入れ部分が引き出されて来たりする。
「どぐぉぉ……北欧系ゴミ」
 めろは獣人ローチェストに向かって極小にしぼった声でそうつぶやくと、あけほのがクシャクシャポイした海外からの発送書や納品書などを手早くひろげて、未分類の紙の束……いや〔山〕へと押し込んだのだった。



(2015.03.27 氷厘亭氷泉)