「うょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ」
朝の登校時間帯の悟徳学園に大きな声が響く。
場所は正門、エントランスのまんまんなか。
ずしんと重力を踏みしめて仁王像のように静止しているのは日野寿(ひの ことぶき)、その向かいでおくちを大きく広げてにして肺の底から叫喚していたのが今野円(こんの まどか)である。
「今野さんのその抵抗には許可するべきでない要素が3箇所は見られます、そもそもまず昨日わたした風紀注意通告書も、必要事項を書き込みのうえで提出してないでしょ!!!!」
「あれはぁぁ、書いてはあるんですけどぉ、出す機会がバッドでぇぇ」
風紀委員・寿の眼に何が抵触したのかは、周囲を行き交う生徒たちにも一目瞭然だった。
今野円のカバンからは、以前何度か〔大きすぎる過剰装飾〕として注意を受けていた〔鳥羽絵の天狗のぬいぐるみ〕より直径が少しばかり大きい、あるいは同じくらいかと思える〔列をなしたイルカの群れ〕のマスコットがさげられている。
……よく見ると、形はひとつひとつバラバラで、どことなく眼(糸のおしりをくるくるっと大きな玉むすびにして留めたもの)も不均質。
どうやら市販品では無く、どこかのだれか――日野寿の直感のうえでは、あの妖怪研究会の者のいずれか――の手によるものであろうと想像された。
「……だいたい、数が多過ぎるっ。たなばた飾りじゃあ無いのよっっっ!!」
「えぇっ」
カラーリングは地味(ねずみ色)だが、このイルカの群れの員数は多い。
先頭から順番に太郎衛門、次郎衛門とつけていったら、どんどん語呂が悪くなること保証済な数である。
イルカとイルカのあいだは細いボールチェーンで短く連結されてて、ゆらゆらと朝のまだうす寒い風の中で揺れた。
「で、でぇでもぉ……」
「なに」
「でもぉ……せんぱい、いまの時期だったら〔熊手の飾り〕とかのほうが季節のまつりに合致してるんじゃないですかねぇ?」
円の返答に対して、寿の怒りのアクセルがぐりゅぐりゅぐりょと焚き上げられたことは、巻き添えを喰らって一時停止を受けている口井章(くちい あき)に、音が実際に耳に入って来そうなほど伝わっていた。
(……そもそも、まどかのそのイルカの宮参りのマスコットだって、シーズンは外れてるじゃんか)
章はそう心の中で叫びながら、I-836が排出している排気熱に片手をかざして温まった手のひらを自分のひざのあたりにつけて、ほぼ数日間隔で繰り広げられている2人の口論を傍観していた。
寒い朝に、このひざに温まった手のひらをぴたぴたさせるのは、ちょっと章のお得ブームになりつつあるらしかった。
時間は大きく駈け進んで悟徳学園のその日の放課後。
2年生のある教室の、日野寿の席。
「季節はずれ? ……あー、ぶっきーは〔びらびらじゃらじゃら下がってるもの〕見ると〔たなばた飾りじゃ無いっ〕て言うケース多いものねー」
野間果数実(のま かずみ)はそう言いながらカバンの中から何やら四角い包みを取り出して寿の机の上に置く。
「注意中にそういうところに喰い込んでくる必要ないでしょ!? ……まったく……」
寿は、いまだに最大級のモンダイ下級生・円との口論のことにぷりぷりと怒りを煮返しながら日直当番の日誌をつづっているので、果数実が何を置いたのかは特に目の中に入れてなかった。
「来週からは各クラス内でも乱れたカバン過剰装飾を粛清する検査をしてくれるよう、井上生徒会長に言いたい」
「ふわふわしたマスコットとかは確かにねー」
「ふわふわ? そこが問題?」
ペンの手を一時停止させて悩みの眉間をつくりあげながら寿が顔を日誌から離して果数実に向ける。
「あーいうのをぶらりんぶらりんさせるなら、ガッシリとした鉄アレイをカバンの内側に入れれば腕と肩の改造に……」
「うっかりそのカバンにぶち当ったら打撲確実!!!! 打撲確実!!!!」
そう声のトーンを上げる寿の視界の中に、さっき果数実が机の上に置いた四角い包みが、やっとこさ入って来た。
見たところ10cm四方くらいの大きさだが、鮮紅色のハンカチのような布で包まれてて中がなんなのかは全くわからない。
「また……、こんどは四角い鉛の板かなんかをアレイがわりにしようっていうわけ?」
「ちっ、ちがうよ、ぶっきー」
すこし笑みを浮かべながらてのひらをぴらぴら横に振って否定応答をする果数実。
「……なんなのか、スッと言いなさいよ。だいたい何か考え付いた!! ってときはそうなんだから……」
寿は、そう訊き込むと視線を戻し、日誌の日付と曜日の欄を書き込む。
「鉛の板じゃないとすると……、磁石とかじゃないでしょうね……」
引き続いてそう尋ねながら寿は、ごていねいに、その日の六曜(先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口)も、ぴゅーーーと矢印を飛ばしてその脇に書き込んである。これは寿のいつものことで、〔だからといって何の根拠もない〕と、いう文言もいつも書き添えてる。
似たようなことは、悟徳学園の生徒会長である井上真理(いのうえ まり)もやってるらしいが、悟徳学園の全生徒の比率から計算すれば……というより、計算を改めてする必要性はまったく薄くて、真理と寿、この2名だけである、といっておおよそ間違いは無い。
「マグネットは今年のはじめごろにぶっきーがダメ出ししたからやめたじゃん」
「そうだった? おぼえてないわよ……」
「もうまた忘れてるー、おじーちゃん並ですか〜? 鍛えないとだめですよ〜っ!!」
「だって、今年のはじめって……もう何十個の肉体改造健康法あみだした!! なんていってるのよ、ほとんどインチキなんだから、せいぜい6つくらい前までしか覚えてないわよっ!! ――あっ!!」
寿が手をのばして鮮紅色の包みをあけて中身を確認しようとすると、サッと果数実が取り上げた。
「疑難する女・ぶっきーよ、そこが大事なのよん」
「またそんなこと言って……」
「ひとつのフルーツに人体に巨大な効果があるとしても、そればっかりを食べてるんじゃあ、それがバランスを壊すタネとなるでしょん、いろんな肉体改造健康法をバランスよく……」
「その効果がインチキなんじゃ、スタート自体がフルーツじゃなくて "かすみ" 食べてるようなものよっっっっっ!!!」
ズバッ――寿の手がササッと果数実のスピードを上回って包みをキャッチした。
「で? なんなのよ、これ」
「疑問する女・ぶっきーよ、そのあんこの出番だよん」
暗くなりはじめた帰宅の途中で果数実が例の四角い包みをときひらくと、中に入ってた四角いタッパーに入ったつぶあんが姿をあらわしたのだが、辺りがもう暗いので、あんこ自体はくろっぽくて鮮明には視界に入って来なかった。
「もうちょっと、あかるいほう寄って」
果数実の誘導指示によってチョコチョコっと街灯に照らされてる方へと移動する2人。
「この!! あんこを、さっそくひざにぬってくださいっ!! はいっ、ぶっきーのターンです、どうぞっ」
「どんな肉体改造健康法になるのよ」
「これはね、田舎の"川ぴたり餅"の行事の仲間にある〔ひざにあんこをぬってから川に脚をつける〕という行事にヒントを得た良いふくらはぎのかたちを鍛え……」
「やめろっ!! なんだーーーーーーーーーっまたインチキだろーーーーーーっ!!!!! 信じられる要素ゼロだわよっ!! そもそもそもそも、なんべんもなんべんも言ってるわよっ!!!!!! 、もうすこし体感温度にやさしい健康法を考えることにつとめろって!!!!!!!」
寿はそう叫ぶと、手渡されたラップフィルムに包んだあんこを川の流れの中ではなく、果数実のおでこに向かってポイと投げた。
川ぴたり餅なことがかつて多く行われてた12月1日に近い日付の、夕刻過ぎの様子であった。
(2014.11.30 氷厘亭氷泉)