えんすけっ! ながイス御写真

「びぃ〜?」
「ビィー」
 晴れた休日の日、駅からおりるエスカレーターにのりながら、今野円(こんの まどか)とI-836はお互い「い」の発音の口をして、向かい合っている。
「びぃ〜」
「ビィー……?」
 エスカレーターからおりた後も、その「びぃー」はしばらくのあいだ続いていた。
「びぃ…………なかなかぴったり来るのがないねぇ」
「ソウデスカナァ ソウデスカナァ」
「あっ、はっちゃん、まどかの口癖コピィしてるぅ!!」
「ソウデスカナァ」
「もーーーぅぅぅぅ、そんなに言ってないよぉ、兄上のイグザジャレーションだよぉ」
「――アレッ チョットマッテクダサイ」
「ちょっとだけどうしたのぉ?」
 I-836が何か見つけたのかアンテナをしゃしゃっと揺らして3時の方角を見たので、円も半歩遅れてそちらを見る。
「あっ!!」
 3時の方角――ガラス戸に貼ってある手書きのメニュー価格がぜんぶ異常に安すぎるラーメン屋のあたりを眺めてみると、つかつかと歩みを進めているひとりの少女の姿が目に入った。いつものあのガイコツの飾りのついたヘアピンである。

今野円・口井章

「待って、待って、待ってぇぇぇぇ、あきちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「あん?」
 くるっと振り返った口井章(くちい あき)の顔は、じゃっかん突然の来襲に対する慌てが見られた。しばらくのあいだ、きょろきょろと円の周囲を見廻して眺めていたのは、ひょっとすると、柳田先輩や折口忍が近くに居たりやしないか、という危惧だったのかも知れない。
「あきちゃんも、おでかけぇ?」
 間を計測すること数十秒。ラーメン屋を越えて床屋さんの前を過ぎおおきな歩道橋に差し掛かる頃にはもう、円とI-836は、章のパーティの一員状態になって歩行している。
「これ、いつもの」
 章は、そう言いながらガイコツの飾りのついたヘアピンをゆび差す。
「あっ、いつもり頭のホネねぇ!!」
「だから、頭骨あつかいすんのやめろって言ってるだろ!! わっかんないなあ」
「だって、頭のホネでしょう、それぇ」
「そうだけど……何だかまどかの言い方だと、こ・れ・が、わたくしめの頭蓋骨と繋がってる骨みたいに聞こえるんでございますよッ!!」
「そう思うぅ? はっちゃんはどう答弁しますかぁ」
 おおきな歩道橋の段をのぼりながら後ろを向き、円がI-836に向かってほがらかに質問する。
「ハンブン ハンブン デス」
「――という、判断がハイスペックな演算での結果ですよぉ」
「……いいよ、まどか。こっちもハンブンハンブンのご意見ですからっ!!!」
「あっ、あきちゃん、三文字の火の妖怪って何かあるぅ?」
「突然すぎてキモいよ、まどか」
「ねぇっ、なにかっ!! なにかっ!! ないぃ?」
 章の腕にきゃっきゃと組みつく円。
「しゃべりの中身が豹変しすぎだっ!!」
「そうですかなぁぁ」
 円がそう返事をしてるのを見てI-836はぷくっとほほをふくらませ、笑いをこらえている感じであった。



「このお店であきちゃんは頭のホネを買ってるのかぁ〜」
「コノバアイ ハ ホンニン ノ ホネ デハ ナイ カンジニ キコエマスネ」
「やっぱりハンブンハンブンだって言うのぉ?」
 おおきな歩道橋を渡った先にある大型所業施設〔TENKORO〕の中で、I-836と円は白い横長のボックススツールに腰かけてしゃべっている。エスカレーターなどを通じて登って来る吹き抜けに面したその白いボックススツールの少し先には、例のガイコツのヘアピンなどを置いてるお店がある。
「どんな基準であきちゃんはあの頭のホネちゃんたちを撰抜してるんだろうねぇ?」
「ナニカ ヨウス ノ イイカタチガ アルンジャナイデスカ」
「様子の良いかたちかぁ……、あのヒビとかがポイントなのかなぁ」
 円が、章のガイコツについてる縦にまっすぐ入ったヒビをなぞるような感じで自分のおでこ・眉間のあいだ辺りを指でなぞってみる。
「そっちは買い物おわったのかよ、まどか」
「あっ、あきちゃんいつの間に骨ひろい完了したのっ」
「友引の日に休業みたいな呼び方でひとの買い物を表現するのもやめろッ! ――そういや、さっきの火のあれだけど、筬火(おさび)だと三文字だね?」
「あっ!!!! おさび!!!!」
「ゴロ ヨサソウデスネ」
「さすが、あきちゃんだねぇ、畏友だねぇーーぇ、きちんと経絡をプッシュした良いのを出してくれたよ! これなら良い、びぃ〜、だねぇ!!」
「ビーー」
 また、円とI-836はお互い「い」の発音の口をして、向かい合う。
「その組み合わせの顔やばすぎるから写真とっていい? ぜひみんなに見せたい感じだぞ、まどか」
 そのまま「い」の口をしてる1人と1台に向かって、章が横長のボックススツールに坐りながら訊く。
「ビーー」
「どこがぁ?」
「阿形吽形よりもイイ、イイ」
 そう言うと、章は上体を横に反らせて携帯電話のカメラで「い」の字で向かい合ってる円とI-836を横画面でカシャっと撮る。
「ずるいよ、あきちゃんーーーー。あきちゃんも中に入ってよぉ!! いっしょのイスに腰掛けてるんだからぁ!!!」
 そういうと、円は章の腕をぐいっと前に持って行かせて、携帯電話をサッと三人が入る角度に移動させようとする。章の携帯電話には内側にもカメラがついてることを十分承知の上の乱行である。
「三人はやめろっ、死ぬっ! 死ぬっ!」
「またー、あきちゃんは自分が撮られるときになると、すぐミクロも信じてないくせに俗信主張してそれを言うーーーーーぅ!! いいじゃん、いいじゃん!!」
 いつの間にか、円はサッと立ち上がって章が真ん中の席に移され出してる。
「あっ!! なんでこっちが真ん中なんだよっ」
「この向き合い〔びぃ〜〕が被写体ならば、右と左につくのがベストナイスだよぉ、カメラマンは真ん中だよぉ」
「もうっ、返せっ、返せっ、そんなことより? なんで三文字なんだ、また柳田先輩さまさまが良い字数でも探してたの?」
 写真を撮るのは好きだが自撮りをあんまり好んで無い章は、携帯電話をしまいながらぷりぷりしながら言う。
「チガイマス」
「なにっ?」
「わらび餅、の〔わらび〕の部分に語呂よく入れ替え可能なのってあったりしないかなぁ、って朝、園芸番組みながら考えてたのぉ」
「なにぃ?!」

 ぷるぷるっ。

 二度目の「なに」の2文字は、2人と1台が坐ってる白い横長のボックススツールの向かいにある輸入食品の店さきに並んでるピクルスの中身をぷるぷる震えさせるような魂の込もった「なに」の2文字だったわけ。



(2014.11.23 氷厘亭氷泉)