えんすけっ! 難攻シマツナソ

「あれっ、きょうはまどかはお昼、べんとうばこちゃんなの?」
 昼休みがはじまってほんの少し過ぎたころ、悟徳学園の教室内で塚崎みやが今野円(こんのまどか)に話しかけた。
 みやは細長いステンレスの水筒を開けて、お茶を飲みながら円とI-836の坐ってる机の近くにそのまま直進して来る。
「うん、今日はこれだよぉぉ」
 ちいさめのおべんとう箱の中を見てみると、ハムとチーズのサンドイッチとゆでたブロッコリーが入ってる。
「まどかのべんとうばこちゃんは、いつ見てもサンフランシスコな感じだな」
「えっ、意味がわかんないよぉっ何それぇぇぇっ」
「はっちゃんのほうが、よっぽどジパングな感じのものお昼にしてるってことだよ」
 みやの視線の先の机の上には、小さいブリキで出来た缶容器に入れられた "てんぷら油" がのっている。――I-836のエネルギー源燃料である。
「フカイリ ゴマアブラ デス」
「むむぅぅっ、そんなこと言ったら、いいいいいちゃんのランチのほうがぁぁ、もっとずっとアメリカンな感じだよぉっ!!」
 円はそう一喝すると席をたち、たたたたたたたっ、と飯泉紫樟(いいいずみ しくす)の席の近くに馳せ行く。

飯泉紫樟塚崎みや

「なに?」
「いいいいいちゃんのおべんとうは!! すっごいいいいいよねぇ?!! まどかのより!!」
 紫樟は "いいいずみ" という「い」の多い苗字から "いいいいい"ちゃんと呼ばれてる。円たちのクラスメートの一人だが普段はそんなに目立ってない。
「通常ですよ?」
 「ええーーーっ、うそぉぉぉぉぉ…………あっ、ほんとだ、ふつうのおべんとうだぁぁぁぁぁぁ」
 円がそう言いながらへたり込んでるのを眺めつつ、後からついて来たみやがおなじく紫樟のおべんとうを見てみると、おかかとたまごのふりかけのかかったまるいおにぎりと、ミートボール、おひたしなどが詰められていた。
 いたって普通なくみあわせ。
「これのどこがサンドイッチよりもっとアメリカンなんだっ!!!」
「うぇぇぇぇえぇぇえ、いいいいいちゃん、このまえ、すごいの持って来てたじゃぁぁぁぁん、あれじゃないのぉぉぉ?」
「すごいの?」
 紫樟はきょとんとした眼でそう答えながら、おにぎりをひとくちモクリと食べる。
「ほらぁぁぁぁぁぁ……、ここ何週間かときどきぃ、すっごくぅ……、そのままなぁぁぁ……」
 そう言いながら円はてのひらで何かまるいものを示すジェスチャーをして紫樟に提示してるが、紫樟にはどうもピンとこない。
「今さ、まどかのおべんとうちゃんはサンドイッチとかでアメリカみたいだなっ、て言ってたんだよ、そしたらまどかがさ――いいいいいちゃんのランチボックスのほうがぁぁ、もっとずっとアメリカだよ!! って言うからさ」
「アメリカ……? あぁ、そういう」
「あれっ、何かこころに激突したの?」
 みやが訊くと、紫樟はおにぎりを置いてくすくす笑い出す。
「まどかちゃんが言いたいのってこれのこと?」
 紫樟も両手でおなじぐらいな大きさのまるいかたちをつくってみせる。
「そうだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! これっ、どうして無いのぉぉぉぉぉ?」
 まるいジェスチャーをひたすら出し続ける円。
「これだから」
 片手を前にあげて親指と人差し指でゼロのマークをつくって出す紫樟。
「マネー?? ドルのせいぃぃ?! ドルのせいぃぃ?!」
「違うよ、あれもう無くなっちゃったんだよ」
「紫樟、なにが無くなったんだ」
「あおりんご」
「りんご?!」
「そぅ、いいいいいちゃん青りんごをランチにまるごと持って来てたんだよっ!! まるごとそのままだよぉぉっ、まどかよりアメリカンでしょっ、でしょっ」
「サンフランシスコっぽい!!!!!!!!!!!!!」
 みやの言葉に対し紫樟はこころの中で――りんごならどちらかというとマンハッタンが通常……。――と想ってたが、言いそびれた。


口井章

「あれっ、まどかはどこ行ったんだ?」
 ねじりパンとコロッケパンを買って教室に戻って来た口井章(くちい あき)がI-836にたずねる。
「アッ、イイイズミサン ノ セキニ」
 てんぷら油の小さい缶を置きながら、円とみやが居る紫樟の席のほうを示すI-836。
「ん……? ああ……あんッ?! なにしてんの? あれ」
「アオリンゴ モンドウ デス」
「さすが、まどかは今日もわけわからないな……」
 章はそう言いながら席に坐り、まずはじめにねじりパンを開封してかじりだす。すると、みやが気付いて手を振り振り。
「死神っ、死神っ、ちょっと来てみなよ」
「いまごはんのまっさいちゅう」
 ぶっつりとした声で答えをして、章はねじりパンを咀嚼してる。
「いいからーっ、いいからーっ」
「声の届かない宇宙空間じゃないんだから、そこで話せばいいだろ、とうりょう」
「……仕方ないな。おいっ、まどか、向こうに出動して死神にパスして来てっ」
「その言い方だと、なんかぁ、よみの国に出発するみたいだよぉぉぉ、はっはっはぁ〜、オルフェウスぅーぅ」
 円が笑いながらじぶんの席のほうに戻ってくる。
「なにが、アルフェウスだよ、きもいよ。まどか」
「あきちゃぁぁん、いいいいいちゃんがまた早口言葉の新しいのを考案したよっ、やってみてよっ、やってみてよっ!! まずはーーーーぁ、レベルわん!!!」
「いまごはんのまっさいちゅう――って返事しただろっ!!」
 半ばあきらめの顔で、ねじりパンをごくんと飲みこむ章。
「レベルわん!! は【いちモロヘイヤ、さんモロヘイヤ、ろくモロヘイヤ】ですっ!! さぁっ、あきちゃん!! トライ!!!!」
 円が〔さぁっ、あきちゃん!!〕のところまでは物凄い低速でしゃべっていたことは言うまでも無い。
「1モロヘイヤ、3モロヘイヤ、3モロヘイヤ、1モロヘイヤ、3モロヘイヤ、6モロヘイヤ、1モロヘイヤ、3モロヘイヤ、6モロヘイヤ」
 章はコロッケパンのまわりにまかれてるラップフィルムを開けながら、円が伝令した早口言葉をサラっとクリアしてしまった。
「わぁぁぁぁぁっ、あきちゃん、パンの片手間にサラッと通過しちゃったねぇぇぇっ!! すごいねぇ!! すごいねぇ!! ではーーーーーーーぁ」
「レベルわん!! とか言ってた時点で予想はついてたけどな」
 体を少し斜めに傾けて、みやと紫樟のほうに体を向けつつ章はそうつぶやくと苦笑いしながらコロッケパンをひとくち、ぱくっと食べた。
「レベルつう!! ひきつづいてはこれです!!【シマツナソ仕入れた島津】さぁっ、あきちゃん!! トライ!!!!」
 今回は、さっきのよりもさらに低速に早口言葉のお題を言い放った円。
 じゃっかん、きちんと言えなくてふにゃふにゃ口調だったので、章は苦笑いを特急通過して、コロッケを吹く寸前に笑ってしまった。
「ごほっ……!! まどかッ、なんだよそれ、シマツナソって……ごほっ」
「わかんなぁい」
「振り返らずに、行ってこい」
「あきちゃん、〔なにがオルフェウスだよ〕とか言っておきながらずるいよぉ、ちゃんとのっかってギャグとばさないでよぉぉぉ」
 そう言いながら、仕方なく紫樟のもとに戻る円。
 もちろん、数千里どころか数メートルも離れてない教室内の距離なので、みやも紫樟もそのやりとりはすっかりまる見えまる聞こえで、くすくす笑いながら帰還してきた円を迎えた。
「じゃ、まどかちゃん、耳かして、耳」
 そう言うと、紫樟はこしょこしょこしょと円に耳打ちをした。
「あきちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、早口さっきのと同じくらいのスピードで言えたら、いいいいいちゃん教えてくれるってぇー」
「そこまでして知りたくもないから。じゃ、いいや」
 あっさりそう答えると、もぐもぐとコロッケパン攻略にいそしむ章。
「いやいやいやいやっ!!!! そこは大挑戦してみごとシマツナソの意味をーー!!」
 円の脇から、みやも挑戦をうながして来るが、章はそのまま特に聞く耳ナッシング。
「あーあ、かわいそうに、死神は、シマツナソがなんだか知らないなんて、人生の3分の1は損するよ、ねぇーーー」
「だよねぇぇぇぇ、みやちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「まどかと、とうりょうは、言えたのかよ、レベル2の早口」
「いえてません」「いえてないよぉ」
 声をそろえて答える円とみや。
「……じゃ、余計に知りたくもないよ」
 章はそう言うと、コロッケパンをまたひとくちもぐもぐした。
「クスッ、あきちゃんの意見のほうが通常です」
 紫樟はそう言いながら、べんとう箱の中のおひたし――シマツナソ(モロヘイヤ)の――をもぐもぐと噛んだ。



(2014.11.16 氷厘亭氷泉)