えんすけっ! ちぎっちぎエナジー

「ほらぁ、これがそうだよぉ。――あっ、はっちゃん、そっちがわ持ってぇ! 持ってぇ!」
 線路の脇にある、ブランコしかないけど、割と広い敷地面積の公園の中に明るい声がひびく。
「ワカリマシタ」
 今野円(こんのまどか)から渡された大きい紙のはしっこの一方を持つと、I-836はそのまま横歩きしてゆく。
 するするするするーっと、巻かれた大きな紙が横断幕をひらくようにひろがって、お天気予報の画面に出る簡略なほうのような形の図の日本地図が出て来る。
「オーストラリア ノ セカイチズ ミタイニ ナッテマスネ」
「えぇっ?」

「紙が、さかてんぼうになってるってことだゼ、まどか」
 円とI-836の向かい側で桂和美(かつら かずみ)は、その大きな模造紙の左下に描かれてる北海道や青森県を、ひざでつんつん突きながら言う。
「あっ、はっちゃぁぁぁん、ポジショーーーーン、チェンジっ!!!」
「イレカワリー」
「たちかわりぃー」
 右と左で、ぐるっと位置をかえながら紙をひっくりかえす。
 日本列島の中には、紅色のフェルトペンでしるしがいくつかぽつぽつぽつ。
「――で? 何の図だっけか?」
「和美ちゃん、ですからぁ、これが胡桃の木が出て来る俗信の採集確認されてるー、分布マップですよぉー」
 胸を張ってあごをさすりさすりしながら雄弁する円。
「なんで明治じだいの演説みたいなイントネーションなんだよ」
「ヒヤヒヤ」
「ありがとう、はっちゃん――そしてっ!! こちらのマークがあるところがですねぇ、和美ちゃん。庭に胡桃の木を植えるとぉ……」
「そっちじゃなくって、向こうにあるグジャグジャっとしてるしるしのほうが気になった」
「えっ、……あぁ、これぇ?」
「マンマンナカ ノ ポイント デスネ」
 簡略な日本列島の図のちょうど真ん中あたりには、確かに和美の言うようにグジャグジャとしたしるしが描かれてる。
「これはぁぁぁ、ヴァンパイアです」
「ちょっくら待て。いつものことだけど、なに言ってるのかわかんねぇゼ……」
 笑い顔で和美がジャストモーメントする。
「この、長野県のぉ清野あたりで採集された俗信の中にはぁ、胡桃の木がぁ、ヴァンパイアのようにぃ……ブラッドを!!」
「くるみの木が?」
「そうっ!! ブラッドを……!!」
 Blood と発声するたびに、片手を上げて口の近くに持って行き、なにか円がジェスチャーをしている。
「その手の動きは何なんだゼ」
「こう!! ブラッドをこう!!」
「……吹き矢?」
「ストローだよぉぉぉぉ!!! だいぶわざとらしい誤回答ギャグだよぉ!! もぅっ!! 和美ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「吸血鬼だって言ってる時点で、もう、ふざけられる幅せばめちまってるんだよ!! まどかが」


「でも、この前の……あれ? 前につくった地図は柳田先輩に献上したんだっけ?」
 和美はそう言いながら、円とI-836にかわって、きれいに、手際よく、紙をくるくるくるっと巻きおさめていく。
「あぁ……、あれはぁ……」
「デスネェ……、ドウモ……」
「なんだよ、そのヘソにちからのこもってねぇ返事は。え? 献上したから、次にこのくるみの木の地図つくってるって話じゃないのか?」
「この前のは……、やっぱり範囲が甘いかなぁと不安になってぇぇ……、ね? はっちゃん」
「ソウイウコトデス」
「なんだ、また柳田先輩に献上する前に破壊ボックスに入れゃったのか、その繰り返しばっかりじゃだめだゼ――、出してみて、そこから先、さらに増やして、とかなんとか出来るだろ」
「そうは言うけどさぁ……、どうも先輩の前だとぉ……。それにこの前のはマークが48個だったじゃぁぁん、……柳田先輩は区切りのスッキリしてる数が好きだしぃぃ……」
「まっ、まどかの怖がる感覚もわからないでもないゼ。――あれっ? この地図巻いてた輪ゴムは?」
 きょろきょろあたりを見回す和美。
「ココ ニ ハイッテマス」
 右手を突き出すI-836。シューッと手の甲のあたりにあるパーツがピアノの蓋のようにひらいて、内部から輪ゴムがひとつ、せりあがりでのぼって出て来る。
「はっちゃんの中で休憩してたとはおどろきだゼ、……よっ、と」
 和美がそういって輪ゴムをかけようとすると、

 ぱ び ん

 ゆるめの低音をたてて輪ゴムは切れ、しなびた焼きソバ1本みたいに下に落ちてしまった。
「わりぃ、切れちまった」
「マダ アリマスヨ」
 今度はI-836が左手を突き出すと、おんなじように輪ゴムがのぼって出て来た。

 ぱ び ん

 また同じように低音をあげて輪ゴムは輪では無くなった姿を重力に預けて舞ってしまった。
「和美ちゃぁぁぁぁん、そんなに輪ゴムちぎっちぎっしちゃってさぁぁぁ!!!! うぶめの抱かせベビー攻略して凄いエナジー授かった怪力人間じゃ無いんだからさぁぁぁ!!」
「だぁぁぁぁ、うるせぇゼ!! そんな怪力なんか出してねぇよ!! 劣化してるんだろっ!! 単に輪ゴムが!」
「劣化ぁ……? うそぉ、和美ちゃん運動会とか何とかの練習だとか言って、またすごいトレイニングとか積んで、それこそ青竹をぞうきんみたいに絞ってバリバリに出来るくらい、ちぎっちぎっエナジー増したんじゃないのぉぉぉ?!」
「そんな有り余る怪力だったら、たちまち千切れるどころじゃ済まないゼっ!!! ん? んんん?」
 紙をI-836に手渡して、円の肩に両手を置いてぐらぐら前後に揺らして遊びだす和美。
「だってぇぇんぇんぇん、このまえもぉぉぉぉぉぉぉんぉんぉんぉんぉんぉんぉん、ファイトしちゃったんでしょょょょんょんょんぉぉぉ?」
「石寺(いしでら)のことか……?」
 少し真顔になる和美。
「四分と六分くらいの差だったって言うんだから、追い越せるようにまたトレイニングしたことは確かでしょぉぉぉぅ?」
「くやしいから、そこは思い出させるんじゃないゼっ!!」
 そういうと、また笑顔に戻って和美は円の肩をがたがた前後に揺らす。
 円が〔エナジー振動で破裂されられる〕とか戯むれて発していると、公園の近くを通ってる線路をピューーと電車が駆け抜けてゆく。
 その電車の音が聴こえなくなった頃、それまでひと気も子供っ気も無かった公園に、カシャー、とカメラのシャッター音が小さく響いた。
「ん?」
 和美が耳を頼りに顔を廻すと、小さ目のベレー帽をつけた人物が何かを撮ってたのか公園の南隅に生えている木々をカメラで撮っていた。
「あっ、渡部(わたなべ)先輩ですかぁー」
 和美の手が停まったことで振動が停まった円が、そのベレー帽をつけた人物に呼びかける。
「あ、そうだ渡部先輩、それ分けてくれませんかぁ?」
「え   ?      そ    れ っ   て?   ど     れ……」
 ててててててて、と近くに小走りで駈け寄って来た円に対して、渡部そではゆーーーっくーーりーー言いながら若干あとずさりをする。
「そのカメラバッグのショルダーベルトに巻いてある輪ゴム、1本!! おっきーな地図を巻く分、持って来てたんですけどぉ、怪力親友が切っちゃったんでぇ……」
「怪力じゃないっていってるだろっ!!!」
 和美はそう言うと、渡部そでのカメラバッグをじっと見ている円を引きずりながら、振り返って謝罪なおじぎをしつつ元の位置に連れ戻していった。


「か     い……   り            き……」
 渡部そでは、ずり落ち防止のために肩のあたりに輪ゴムを巻いてるその肩掛けのカメラバッグをややずり落としながら、そうゆっくりつぶやくと、公園の木から角度をずらして線路の電線ごしに雲を撮る作業に意識をもぐらせたのだった。



(2014.11.09 氷厘亭氷泉)