「キチットシタ モジ デスネ」
「まどかなんてぐるぐるぴょーーっと書いちゃうから、うらやましぃぃ。あっ――オットーせんぱいぃぃぃ、その、うえについてるマークはなんですかぁ?」
びっしりと端正な文字が並んでいるノートをひらきながら、今野円(こんの まどか)は鎌倉音東(かまくら おとひ)への質問コーナーを無遠慮におっぱじめる。
妖怪研究会の部室のテーブルには、まだその綺麗なノートの持ち主・鎌倉音東しか坐っていない。なぜなら今日は特にあつまろうと決めてるスケジュールも無い曜日だからである。
「×印がついてるのは、未見の資料ということ」
「あ〜、ところどころにありますねぇ」
さすが、一週間のうちのほとんど、悟徳学園の図書館で見かけない日はないと言われてる鎌倉音東の読書ノートメモだけあって、ところどころといっても、題名とおぼしき文字列の上に「×」がついてるのは、数からいえば1割以下である。
並んでいる書名はいずれも、各地の県史、市町村誌、郡誌などで、その中にあったいろいろな事項が箇条書きでメモされている。
「あー、その本は、ここの図書館にも無い本なんだよ」
「マッシュルームみたいなマークがついてる本は、ひらいたらカビでも生えてたんですかぁ?」
「……それは、内容がおさびしすぎて、涙が出ましたってしるし」
「あっ、マッシュルームじゃなくてぇ、涙がほろりぃぃ、のマークなんですねぇ、あー。あー」
嘆々と「あー」のうなずきを繰り返す円。I-836はその横で無言のままその真似をしている。
「土地の情報というより、書籍と論文の情報ばかりで占められてる本だと資料とするには少しねぇ……」
「なるほどぉ……、じゃあ、このマッシュルームほろりぃぃマークがついちゃった本は、柳田先輩に提出してるあのファイルの中には搭載されてないんですねぇ?」
「そう――個別に小さくあれば、その情報は出してるけど、一冊まるごととしては」
円と会話をしながら、音東はテーブルの上にもう一冊ひらかれているノートに青いペンで罫線を引いている。
「オットー先輩の使ってるものさしってぇ、おもしろいですねぇ」
「そう――なの?」
首をかしげながら罫線を青ペンで引きつづける音東。
ノートの1ページの三分の一あたりに1本、すーっと縦に入れられた罫線の左側は地誌などのタイトルが入居するスペース、右側は目次や内容情報のメモの分譲スペースである。
「だってぇ、なんかいっぱい描いてあるじゃないですかぁ、ほら、ずーーーっとぉ」
音東のものさしの上空8センチぐらいのたかさをゆびでなぞって示す円。
確かに、いま現在音東が活用しているものさしの表面には、目盛りの余白部分にいろいろとこまかい字が何行にも組まれて印刷されている。
「これ?」
「あまり気にしたこと無かったんですけどぉ、何が印刷されてるんですか? 陀羅尼とかですかぁ?」
「これはね、去年柳田先輩にいただいた、日本の小さい島の名前がぎっしり印刷されてるの」
「えーーっ、島の名前なんですかぁ?」
「そうね」
円が邪魔にならないように文字を読もうと顔を近づけてるのを察してか、青ペンのキャップをしめてものさしを見せてくれる音東。
「きゅうろくじま……せんすいじま……しもこしきじま……いっぱいですねぇ、一番下の段のほうは沖縄のほうですねぇ、漢字の文字数がおおいぃ……ざまみじま……げるまじま……歩くたびにボディーが消しゴムみたいになくなっちゃう人たちの住んでる島の名前は載ってないんですかぁ」
「円さん、ガリバーじゃないんだからそれは無いわよ」
「いいなぁ〜オットー先輩。それにしても、柳田先輩はいろいろ面白いものも見つけてくるんですねぇ、こんなものさし、うちの近くの文房具屋さんじゃ見たことないですよぉ! ねぇ、はっちゃん!」
「ソウデス ソウデス」
「あ、これは柳田先輩がご自身でデザインなさったものさしだよ」
40枚ノートの最後のページまで罫線を引き終えた音東がサラッと言う。
「うっわぁ〜、ますますいいなぁ〜いいなぁ〜いいなぁ〜」
「円さんも、そのうち貰えるんじゃないかな。今度きいてみれば?」
「えっ…………でもぉ、もう在庫が無かったりしたら恥ずかしいからぁ……イヤです」
いつも元気もりもりな円であるが、こういうときエンジンフル稼働させる事に関しての元気は乏しい。
特に柳田先輩に関しての事となるとだ。
円がもじもじしていると、いつの間にか折口忍がやって来ておかしを食べだしたりして、その日はそのままなんとなく終わってしまった。
「――で? もしかして鎌倉さんから話が廻ってもらえちゃった!! ってはなしなの?」
数日後の朝、円のにこにこにったらした顔を横目に流し見ながら、口井章(くちい あき)が言い放つ。
円は手に適度な大きさの紙袋を持っていて、それを大事そうに大事そうにしている。
「あきちゃぁぁん、まさかぁぁ、オットー先輩経由でなんてぇぇ、ちがうよぉぉぉ」
「なんだ、じゃあ、直接おうかがい出来たのか」
「ぅ……うん、まぁ……」
「おい、目玉がスットンキョーに動いてるぞ、まどか」
「ほんとはぁ……、昨日ね、部活に行く途中、スガリンにその島めぐりものさし知ってるかどうか聴いてたらねぇ、ね、はっちゃん? あれは一応、直接、柳田先輩にきいたのと同じだよねっ、ねっ」
「ハナシテタラ ソコヲ チョード ヤナギタセンパイニ キカレチャッタンデス」
「……だろーな。そんな気がした」
あきれ度アップにつれて、歩みのスピードが加速してゆく章。
「あきちゃぁぁぁぁぁぁぁん、待ってよぉぉぉぉ、開けてみよっ、いっしょに開けてみよっ!!」
「えぇぇ〜、まどかきもいよ。開けてないのかよ、おまもりとかじゃないんだぞ」
「テープカットを市長さんに頼むのとおなじですっ、あきちゃんっ!! 代表としてここをテープカットして下さいっ!!」
持っている紙袋のとじめについてるセロハンテープの部分をつんつん指示する円。
「……さすが、道路族の兄を持ってるだけあるな、道路の開通式じゃないっての」
ぺりりりっ。――しぶしぶ顔ながらも口井章さまによるテープカットが挙行され、ついに今野円の手元に、柳田先輩から贈られたものさしがその姿をあらわした。
「アレッ?」
「あれっ?」
「どした? まどか。さっきよりスットンキョーな寄り目になってるぞ」
紙袋から出て来たのは、ものさしには違いないが、印刷されてるのは古〜い時代の食堂内部な風景写真と、柳田先輩本人の手による〔奇抜などんぶりめし紀元後〕という字と、カツ丼らしき手描きイラストのみ。
「……これがその鎌倉さんが使ってたやつか」
「ち、ち、ち、ち、ち、ちがうよぉぉぉっ、あきちゃん、これはきっと……」
「まどかが散々、好きな食べ物は親子丼です! とか言い放ってるから、わざわざ造ったんじゃないのか?」
「あきちゃん丼は……飛ぶ!!」
「適当な近未来どんぶりをつくって現実逃避するな」
章は、そう言うと、円から手渡されたどんぶりものさしを再び円の手に戻した。
(2014.10.12 氷厘亭氷泉)