えんすけっ! 林檎ミルクと白黒

「それはぁー、実用性がないよぉぉ」
 今野円(こんの まどか)はそう言いながら紙パックの林檎ミルクをちゅーーーっと吸う。
「実用性? えぇーっ、なんだそんなもん、知ったこっちゃないゼ」
 桂和美(かつら かずみ)も紙パックの林檎ミルクをちゅーーーっと吸う。
 公園の木のベンチに腰かけてるふたりの真上には秋晴れの休日の空。近くの植込みには少しずつ色づきはじめたムラサキシキブの実がちらほら並んでいて、I-836はその実を眺めている。
「じゃ、自動販売機って発想はやめてやるよ」
「そうだよぉ、いくら文明が堕落しても "トイレの流す水" まで自動販売機から小分けで買いたくないよぉー」
「だってな、まどか。水を不用意に管を通しちゃったりしても、その途中で、はいりこむんだゼ、極悪アメーバ……」
「だぁかぁらぁ!! それは究極大危機モード以上になったりしたら――な話なんでしょぉ、和美ちゃぁぁぁん」
「だって!! おぅ!! 極悪アメーバ代官だゼ! 水道管なんて信用ならねぇゼ!!! じゃあ、こうしよう。自動販売機はやめる! 発想を変えた!」
「コペルニクス?」
「そのとおりだゼ、まどか、付箋かしな、ふせん!」
 円がカバンの中からチェリー色の付箋を取り出すと、和美はスパッツのポケットの中からえんぴつを取り出して、シャッシャッと素早いスピードで何か描き込んでいく。


「いいか、これがわれわれのおトイレだ」
「あったかくなる機能ついてるぅ?」
「キノウノアサ スイッチ ツケワスレテ マシタネ」
 I-836がくるっと振り向いて円に言う。
 たしかに、一昨日の暑さに較べると昨日の朝昼の気温の下がりぶりは〔めっきり秋めきまして〕と、時候の挨拶も太字強調したいくらいのもので、お便座さまがとてもクールな冷たさをたたえておられたことを円は思い出したが、恥ずかしいので、I-836のほうに顔を向き直して――こくん――と、うなづくだけだった。
「温度が上昇すると極悪アメーバ代官に適した環境づくりをすることになる!! その機能は過去のものと思え」
「えぇーーっ、それじゃ実用性のある部分が、どすーーーんと減ってるじゃぁぁん!!」
「いいだろ、実際にまどかは使うわけじゃないんだから」
「……それはそうだけどぉ、ヒューマンファクターは大事だよぉぉ、和美ちゃん。それに、これ、どっちが前か後ろかわかんないよぉ」
「そこはいいだろ!! あくまでも、もし今、対策装置としてのおトイレを造るとしたら!!? の試作品なんだからぁ!!」
 そう言いながら、前、後ろ、と絵の上に文字とやじるしを書き込む和美。
「試作品段階だから、知ってるひとしかまだ使わないっ!!」
「もぉぉぉ、またまたぁぁぁぁ、……でも咄嗟の瞬間に忘れちゃうかもしれないよぉ」
「そういう技師は異動だ――そして、これが自動販売機にかわるコペルニクスだゼ」
 和美がえんぴつの線でくるんとまるく囲んだ中には "砂" という字と、砂つぶを意味するぽちぽちが書いてあった。
「これじゃ、キャットのおトイレじゃぁぁん!」
「ちがうっ! これは昔のしびんを洗うときの砂を応用して自動化したもので……、ここが流砂になってて……」
「もういいよぉ!! だいたい、林檎ミルクょ仲良く飲んでるアフタヌーンには文化的にそぐわない内容だよぉ、和美ちゃん、アメーバ奉行!!」
「奉行じゃないッッ。アメーバ代官だゼ、だ・い・か・ん」
 付箋の中に、なんだかもぞもぞと足の生えたクジラとエイを半分折衷したような図を描く和美。
 どうやらこれが、さっきから和美が語ってる古い白黒モンスター映画『南部のどろどろ水生物』に出て来たモンスター、"凶悪アメーバ代官"のようだ。


「そんなシネマ、まどかは見たことないよぉ」
「夜中過ぎごろにやってたからな、まどかはきっとくーくー寝てた頃だろうゼ」
「よく和美ちゃんはそんなもの覚えてたねぇ、だって小学校のときなんでしょぉ? 観たのは」
「そう、9歳になるかならないかごろだゼ」
 えんぴつとは逆の手で指おりかぞえながら答える和美。
「そんな古代なメモリー、まどかの中には兄上と野菜畑かけまわってたことくらいしか残ってないよぉ」
「ぐっ、すんごくキラキラした感じの思い出を出して来やがってるゼ!」
「ソノ エイガ ソフトニ ナッテナインデスカ」
「おぅ!! はっちゃんいいとこ突いて来るゼ、昨日検索してみたら全然出て無ぇみたいだったゼ!!」
「えっ、じゃあマンニョーで林檎ミルク買ったときからずーーーーっと和美ちゃんがしゃべってたそのボロっちいシネマ、観られないのぉぉぉっ?!」
「だからこそ、そのモンスターっぷりがどうだったのか、まどかに向学のためにたっぷり聴かせてあげてるんじゃない」
 I-836の肩をもすもすさすってる和美。
 コンビニエンスストア「マンニョー」でふたりの買った林檎ミルクはすでにからっぽで、紙パックもしゅーーっと凹んだ姿勢。
「でもぉぉぉ! 半分以上はシネマの内容じゃなくて和美ちゃんが考えた――〔こういう装置を使わないと実際は途中で全滅してただろう話〕じゃぁぁぁぁぁん!!」
「そだったか?」
「もっと、そのアメーバの!! モンスターのとこ!! しゃべってよぉぉぉ」
 和美のひざこぞうをもじゅもじゅさすって答弁を要求する円。
「やだーーーん、だゼ」
「なんでさぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「だって、9歳だゼ?」
「なんか都合のいいこと言いだしてるぅ!!」
「がおーーって出て来る場面は、ほら……」
 横目に、木の上に留まったオナガを眺めはじめる和美。
「えぇっ、じゃあ観てなかったのぉ?!」
「…………」
「えぇっ、じゃあ観てなかったのぉ?!」
「…………」
「マイアミ市民をどろどろ化しちゃうときの形態ぃぃ!!」
「そうだゼ」
 オナガがぴゅーーと枝から翔び立つと同時に円の顔をまっすぐ見て答える和美。
「じゃあ、これって〔商品写真はイメージです〕みたいなのなのぉ?!!」
 付箋に和美が描いたアメーバ代官をゆびさす円。
「そっ、それはがおーーーって出て来る前段階のちいちゃいとき……そういうカタチだったってことで、間違いじゃねぇゼ!!!!」
「えーーーーーっ、おぼえて損しちゃったよぉぉ、それってぇ、大入道を描いた! っていって狸とか鼬の絵を提出してるみたいなもんじゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 I-836は、植込みの向こうを飼い主といっしょに散歩してる2匹の仔犬をじっと眺めていた。
 その首輪にはもぞもぞと足の生えたクジラとエイを半分折衷したようなイラストの飾りがついていた。



(2014.09.22 氷厘亭氷泉)