えんすけっ! ねっちょりしたタレの栄華

「スケソウダラ ノ ホウガ オオイデスヨ」
 I-836はそう言うと漁獲量のデータを、ブィーンとプリントアウトしだす。
「もうぅぅぅぅ、おみくじぃぃぃ!!」
 硬貨を入れてコロンと出て来るおみくじのまるまった紙のようにして出て来るデータの打ち出された紙を受け取りながら、今野円(こんの まどか)は少しほっぺたをふくらませた。


 ことのおこりは30分ほどまえ、坂道の中腹らへんにある駐車場のバカ広いおすし屋さんのまわりに立っていた宣伝のためののぼりを円は凝視していた。そこに記されてたのは〔土用はおさかな全部よし〕という筆文字で、円の興味はそれに向かって大爆進していた。
 落ちたクッキーのかけらに近寄った虫のように、凝視。
 とにかくのぼりを凝視。
 土用の丑の日には「うなぎ!!!」というのが一般的な売り文句だが、この駐車場のバカ広いおすし屋さんは、経営主か板前さんの出身がどこか地方のひとで、土用には特に「うなぎ!!!」というわけではなく、〔とにかく何かしら魚を食べれば健康に良い〕という俗信をベースにして売り文句を書き出していたのだった。
 俗信や迷信にかけては、柳田先輩やオットー先輩などのあとにつづきつつ、妖怪研究会でもイチバン興味津々に活動している円なので、このおすし屋さんの〔土用はおさかな全部よし〕という売り文句のモトになった俗信の、でどころデータも、ヤッパリ気になっちゃってしょうがない。
「……どこのなのかなぁ…」
 円の脳みそのなかには、今のところ1か所、――群馬県の天神原に、〔土用の丑の日には、魚ならなんでもよいから食べる〕という俗信がマッピングされている。
「……関取が土俵インするときみたいに、すし職人もどこどこ出身って出身地をアナウンスしてくれる慣習があったら、ラクにわかるのにねぇぇぇぇぇ、ねっ、はっちゃん」
「スシヤサンデ ショクニン――〔モザンビーク シュッシーィン〕 トカ キカサレタラ ビックリデス」
「そんなことないよぉっ、タコはモーリタニアから輸入されてるんだよっ!! 」
「ムムム」
「でも、モザンビークにもモーリタニアにも丑の日はないからぁぁぁっ、……なんとか、わからないかなぁ……」
 店舗の壁に近寄って、店の中をうかがおうとする円、遠見にながめたらチョッピリ不審少女だ。
「……こんな週に限って兄上はワシントンに行っちゃってるしなぁ……」
 この、バカ広い駐車場のおすし屋さんは、回転ずし屋さんでは無いので、さすが円であっても、ひとりでガラリと格子戸をあけて入れるようなお店ではない。
 店構えの前面にはガラス窓なども特になく、おもてからでは何も情報などは得られずじまい。俗信のでどころ(経営者か板前さんの出身)が群馬県なのか、よその県なのか、――他人様にはまったくもって興味のないところの情報であるが、円にとっては貴重な俗信データなのだから、せつじつなのだった。


 ――が、そのおすし屋さんから歩み離れて、ほんの少したった頃、円がもやもやしたメンタルを発散させるため開始したのが「魚介類で十二支を考える」というもので、その一番初めに出て来た候補者(候補魚介)が「キングサーモン」なのだった。



「だってぇぇ、キングサーモンっているじゃん、やっぱりぃ魚介類十二支の一番初めは王者にしたいよぉっ!」
「オウジャ……」
「キング!! キング!!」
 耳の脇あたりで、もさもさと髪の毛のあることを示すようなジェスチャーをする円。
 ルイ14世とかのヘアースタイルを表現してるとおぼしく、円のきょうの〔王様のイメージ〕は、ブルボン朝らしい。
「――タシカニ ネズミ ハ イチバン ツヨイデスケドモ」
「でしょう? 昔話では、お日様や風や壁よりもネズミは強いんだよ、王者だよ、王者」
「デモ タツ ハ ウロコヲモツ イキモノ ノ オウジャ デ アッテモ 5バンメ デス」
「竜は十二支の中だと、実在しないファンタジィ要員じゃん〜、こっちでもそのポジションはファンタジィな存在がいいよぉぉ」
「ファンタジィ……ウミボウズ トカデスカ」
 I-836は、円が時速300kmくらいで独走しまくっている魚介類十二支の世界へ追いつこうと必死だ。
「いいっ、けどぉ……キングサーモンは〔サケ〕って呼べばいいけどぉ、ウ・ミ・ボ・ウ・ズ、じゃ、字数が多めで言いづらいよぅ」
「ジカズ?」
「ねー、うし、とら、うー、たつ、みー、って、ほらぁ大体みんな字数が2文字でしょぅ? ウ・ミ・ボ・ウ・ズじゃ、ふたり分も使っちゃうよぉ」
「コレハ ナンギ デスネ」
 腕を組みだすI-836。
「ウー デハ ダメデスカ ウ・ミ・ボ・ウ・ズ」
「あ、〔いのしし〕とか〔うさぎ〕とかみたいに、イニシャルだけって戦術っ?! ……なるほどぉ、なるほどぉ、じゃストックしとこう!!」
 円はそういうと、右手を出して指を折り曲げながらカウントをためしはじめる。
「サケ、うし、とら、うー、ウー(ウミボウズ)、みー、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、キー……」
「キー?」
 現時点で候補魚介としてあげられてるサケとウミボウズをあてはめて言い立ててみた円。
 うー、ウーとつづいてしまってなんとなく消防車な気分だが、I-836は最後に出て来たナゾのキーワードに間髪入れずに反応する。
「はっちゃん、忘れてはいけないよぉぉぉぉ、このまえ保健室にいったときに高峰せんせいが積んであった本の中にあったアレだよぉぉぉぉぉ!!」
 円はニコッとほほえむと、またさっきと同じように耳の脇あたりで両手を大げさに動かしだす。
「……ナンデシタッケ デビルフィッシュ ――ダト タコ デショウシ……」
「モーリタニアからイニシャルしたら、モーだものねーぇ」
 ひきつづきジェスチャーの円。
「キー……」
 〔海の上で「猿」と言うのはよくない〕という俗信からなのかな、とも想像をはたらかせていたI-836だったが、そもそも魚介類ではないし、保健室のドクター高峰が所有してる書籍にはあまりそういうものは無かったメモリーが在るので、I-836は夏休みに入る直前に保健室へ行ったときの様子の中から記憶を検索しようとするが、頭文字の「キ」1文字だけではどうもこうも検索が出来なくて少し困っていた。
「ふっふっふー、デモンたちの切りくずから生まれたって伝説のある、おフィッシュだよーっ」
「キリクズ …… カツオブシ ……」
「はっちゃんそれじゃ、逆だよっ、魚から切りくずになるんじゃなくて、切りくずから魚になるんだよぉっ!」
 さらに大きく大きく身振りをする。
「アア!! キー!!」
 円が保健室でおなじような身振り手振りをしていたのを思い出して、I-836もようやく「キ」がイニシャルのキーワードを導きだした。
「キチンボ――マンボウ ノ イニシャル デスネ」
「やっとわかったのぉ? ずっと大きい魚、大きい魚だってまどかがヒント出してたじゃぁん、もぅぅぅ」
 マンボウのことを〔キチンボ〕と呼んで、それのはじまりは悪魔が出した切りくずから生まれたものだ、というのは北海道の胆振あたりにつたわる言い伝えで、円はそれをドクター高峰の持っていたヤギくさい香りの本の中から見つけたのだったが、すぐに夏休みに突入してしまったこともあって特に会話にも登場機会はなく、これまで完全に放置単語と化していたのだった。
「マタ オウジャ ノ カツラ カト オモッテマシタ」
「ブルボンじゃないよ、マンボウだよぉ、もぅぅぅぅ、――あっ、うしの代わりは、じゃあウナギね」
「サケ、ウー、トラ、うー、ウー(ウミボウズ)……」
「うー……、カバって替えるのはどうだろぉねぇ、どうだろぉねぇ」
「シラスウナギ カラ 〔シラ〕 ッテノ ハ ドウデス」
「シーラカンスと、まぎらわしいよぉぉぉ、もぉぉぉぉぉぉぉ」


 結局、魚介類十二支はまとまりがつかないまま、円とI-836は文房具屋から家までの道のりを歩き終ってしまった。
 しかし、今野円の夏休みは、まだはじまったばかりである。



(2014.07.27 氷厘亭氷泉)