えんすけっ! お住まいはSSH

「うーわーーーーーーーーーーーーーっ、すっごかったよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 夏休み一歩手前のある日の夕方、クリアファイルと糊を買いに行った帰りの今野円(こんの まどか)は、道路に向かって右手を振り出して大きな声でI-836に話しかけた。
「――エ?」
 I-836は、シュイーンと視界をしぼり、遠くに走り去って行く道路の走行物体を画像で追う。
 円が必死にゆびで差し示していたのは1台の背の大きな自動車。進んで行く先の信号機が青、その先の踏切もしまっていない事も手伝って、あっという間に、もう肉眼では拝めない距離にまで走って行ってしまっていた。
「スデニ ミエマセンネ」
「もぅーー、はっちゃん惜っしいよぉぉぉ、これは損だよぉっ、ビッグ・損っ!!」
 円はそうつぶやくと、カバンの中からペンとノートをすぐさま取り出して何かを描きはじめる。
 なに描いてるんだろう、と、ノートをのぞきこみながら近づくI-836。I-836の顔がちょうど影をつくってくれて、夏のまぶしい日差しの中でもスイスイ(?)進む円のペン。
「こういうのがぁ……」


「――どういう図解なんだよ、それ、コバンザメを魔法陣にそなえて拝んでる魔導師4人?」
 次の日の朝の登校途中、ノートに描かれた円のナゾの絵を見せらつけられた口井章(くちい あき)は、いつものようにクールな表情のまま、バッサリと言ってのけた。
「あきちゃん、まったくもってアンサーからほど遠いよぉっ!! ローマからサマルカンドぐらいに遠いよぉっ!!」
「藤沢がこのまえ授業でつかってたみたいなヨーロピアンな表現やめろっ、ここはジパングだっ!」
「……ならぁ。……石薬師から日本橋ぐらいに遠いよぉぉぉぉっ!!」
「44バンメ ノ シュクバ デスネ」
「もっとスッと想像できる宿場にしろっ!!」
「えぇぇっ、まどかは東海道の宿場の中だと好きだよぉ、石薬師ってぇぇ。ひびきが東方浄瑠璃世界な感じで」
「で、このコバンザメなマンダラはどういう図解なんですかっ」
 暴走しはじめた円の石薬師押しに飽きが来たのか、ノートに描かれた絵をぽんぽんとひとさし指で叩く章。
 確かに章が言ってるように、ノートに描かれた絵には、なんだか先のとがったコバンザメのような魚? のような長いものがいて、周りに「〇」が4つ、それを囲むように配置されている。
「ワカリマスカ」
「わかんないよ」
「えっえーーーーー、そんなことないでしょぉぉぉぉ!!!」
「まどか、おかしい」
 そう言われると円は、なら……と再びカバンの中からペンを取り出して絵のまわりに何か付け足して描き込みをはじめる。
「こうすれ……ばっ……、どうっ? あきちゃん!!」
 さし出されたノートの絵には、何やら波のような線がうねうねと描き加えられていた。
 何とも言えない表情になる章。
「……余計にコバンザメ」
「ええっ、どう見たって、これ、ボートでしょぉぉぉぉぉ」
「どこがだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 円が見たのは、単にトレーラーに載せられて自動車に引っぱられてるモーターボートなのだった。
「どう見ても、この楕円形なとこがコバンザメのキュって貼りつくところじゃん!」
「それは、ボートのコクピット!!」
「まどかは、ペーロンを描いてなさい、ペーロンを、わかった?」
「あーーーーーーーっ、さすが、あきちゃん、図を読み取るパワーはそうでもないけど、先を予知してるのは【さとり】オーバーだねっ!!」
 そう言うと円は、コバンザメ召喚の図(×)自動車に牽引されてるモーターボートの図(〇)の裏に描いてたもう一枚の絵を見せた。
「……お」
「ペーロン デス」
 そこには、さっきの絵と同様に、周りに「〇」が4つ、配置されてるその中に、幅の狭い小舟・ペーロンが描かれてた。
「さすがに柳田先輩に写真見せてもらってからは、幾分か本物に近くなったな……まどかのペーロン」
「ハジメ ヨウカイ デシタカラネ」
「あっ……!! はっちゃん!! あ、あのときのペーロンは、まだペーロンが舟だってこと知らなかったからぁぁ、あんな牛鬼みたいになっちゃったからんだってぇぇぇ」
 妖怪研究会で〔ペーロン〕という言葉をはじめて耳にした今野円の頭の中では、既に中学のころからの親友・桂和美から教えてもらって親しんでた〔ブーヤレ〕という四国の牛鬼の呼び方が影響を下して 【ぺーろん≒ぶーやれ(牛鬼) ぺーろん=牛鬼みたいな妖怪】という図式が出来てたため、以前そんな絵を描いてしまっていたのだった。
「はじめに描いた妖怪じゃないペーロンは、シシャモみたいたったけど、だいぶ……」
 そこまでつぶやいて章は、ハッとどこからともなく視線を感じて辺りをバッ、バッと見渡した。
「ペーロンは、近未来には各家庭に一台、このように……あれっ、どしたのぉ? あきちゃん、耳に虫でも入ったのぉ?」
「バッファローみたいに言うなっ!」
「あきちゃん、ここはジパングだよぉっ、そんな開拓時代みたいな……」
「あっ……わかったぞ、見てみろまどか」
 円のつっこみを半分無視した章が視線を向けた先を見てみると、そこには半袖の夏服の上に、悟徳学園のジャージを羽織ってるひとりの少女が立っていた。
 立っていたといっても、普通に地面に立ってるわけではなく、悟徳学園の校門の先に生えているシイの木の太目な枝の上に、である。
 ガサッ
 章の視線に気が付くと、そのジャージを羽織った少女は枝葉の中に姿を没して見えなくなってしまった。
「…………見ろって、何をみるのぉ? あきちゃん」
「あそこの枝……、あっ、見えなくなってる」
「アノヒトデスカ?」
 I-836が向いている方角を見ると、いつの間にそっちにまで走ったり跳んだりしたのか、ジャージの少女はシイの木の生えてる方角とはまったく逆の植え込みのあたりがガサガサッと揺れていた。


綯羽白

「なぁんだ、羽白せんぱいかぁぁ、びっくりしちゃったぁぁ」
「あっ、今野さんかぁ、びーびっちゃったぁー」
 くじらようかんとも俗に呼ばれてる白地に黒い筋の入ってる悟徳学園のジャージを、夏服の上に無造作に羽織った少女・綯羽白(なう はしろ)は、そうつぶやきながら茂みの後ろから顔を出した。
「ほら、あきちゃん、ここだよ、この茂みの裏に、羽白せんぱいのSSHがあるんだよ」
「えっ……?」
 円にカバンを引かれて学園の庭の茂みの奥をのぞき込んでみると、章の目の前には羽白がニコリとほほえんで近くの木の葉をいじっていた。
「SSHってなんなの、……この先輩も何かあぶない趣味に走っちゃった系統……?」
 章が円の耳に顔を近づけて小声で訊く。
 すると、円はさっきのペーロンの横にすらすらすらっと〔SSH〕と書いて、その脇に小さい字を書き添えていく。
「S・S・H――つまりぃ、スペシャル・ストゥーパ・ハウス――、それが羽白せんぱいの、あのお住まいですよぉぉっ」
 茂みの奥には、お墓にたててあるあの名前とかお経とかが書いてある板・卒塔婆(そとば)がズラッと並んでいる。
 並んでいると言っても、墓石の後ろに立っているように2、3本ガタガタっと立て掛けられて立ってるわけではなく、板で出来た塀のように、隙間なくずらっと並んで立っている。
 卒塔婆で壁の出来てるこの、粗末なプレハブというか、ほったて小屋というか、なんとも言えない家。
 つまり、それが、綯羽白が悟徳学園の庭のこの茂みの裏に建築している、そのSSHなのである。
「あきちゃんとか、特にクール!! って喜んじゃいそうなデザインじゃないっ? あれっ?」
「イッチャイマシタヨ」
 円がにこやかにそう言いかけると、I-836のいうとおり既に目の前に章の姿はなく、昇降口のほうへと歩みをツカツカ進めていた。
「あっっ!! ねぇ待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! あきちゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁん!!」
「あっーーー、今野さん、ちょい待ちっ!!」
「ふえっ、なんですかぁ? せんぱい」
「こ・れ・は、スペシャル・ストゥーパ・ハウスじゃなくて、ステキニ・スグレタ・ホームの頭文字をちぢめて、SSHね。――うん」
 そう言うと、羽白は眼をつぶって再び「うん」と深くうなずき、また茂みの中にがさごそっと入って行ってしまった。


「あきちゃぁぁぁん、ひどいよぉぉぉ、つっつかつっか先に行っちゃってぇぇぇ、おかげで羽白せんぱいに怒られちゃったよぉぉ! もうッ!」
「いや、ぜったいまどかのせいだろっ!! それっ!! おかげってなんだよっおかげって!!」
「石薬師のはなしをしてたからぁ……」
「おかげ参り――とかに結びつけるそのジパングべったべたな洒落はやめろっ」
「あっ、ずるいよぉぉっ、今度は急にジパング否定っ!! ジパング否定っ!!」
 そんな会話をしながら、ふたりは昇降口をあがり、夏休みに入る直前の教室へ向かったのだった。



(2014.07.20 氷厘亭氷泉)