いくつかの学校の制服が家路に戻る道路にポツポツと散見される時間帯。
夏の日差しも少し南の方角から傾いて、うっすらと気温が下がりかける時間帯だが、まだまだアスファルトの地面は、はがして振っても冷めないくらい暑い。
その人群れの中に解人高校の生徒たちの姿が特にいくつか見える場所がある。
それは、駅の近くにある2階建てのゲームセンター〔ヤポンスキー〕で、店の入口あたりには『抑留の達人』の茶色い筐体がデデンと居を占めてて、それをプレイしてる子が多い。
捕虜が労働作業する動きにあわせてタイミングよくスコップ型のコントローラーを動かすこの労働第一主義ゲームでスーパープレイを繰り広げているのは、何を隠そう、白作さんである。
白作さんは、悟徳学園の妖怪研究会では「柳田先輩の出した個人誌を、コピーした1枚ものも含めてほぼ欠けも無く自室に保管してる人類」として知られてて、一種の通常では無い人類と見なされたりしてるが、スコップをリズミカルにしゃくしゃくして高得点をはじき出してるその姿は余り認知されてはいない隠れた側面のひとつだった。
「怠ケタラ、営倉ニ入レルノフー」
とゲームキャラの発する音声がひんぱんに飛び交うステージは、既に後半以後のハイレベルなステージで、なかなか普通にスコップを動かしてただけではクリアに必要な得点に達せない。
もちろん、失敗したり、吹雪をうまくよけられなかったりすると途中でゲームオーバーになってしまうが、白作さんは滅多なことではミスをしない。
黙々とスコップで動いてるプレイヤーを、周りでじっと立って眺めてる景色は、なんだか周りに立ってるギャラリーが監視をしてる兵隊にも見えて来るが、日頃、自分の家の手伝いでつちかったメリハリの利いた腕と腹筋の冴えでスコップを動かす白作さん(白作さんの家は酒屋さんをやってる)のテクニックに、入口ちかくでジュース片手に立ち見をしてるギャラリィたちは、一喜一憂ならぬ一喜一喜をしながらドキドキしていた。
「燕麦よりおいしいザク」
――と、87回コンボの時に得点の万の桁の数字が、ある一定の数に合うことで特別に登場する黒パン(マルガリンつき)の出て来る音声が茶色い筐体の画面内から発せられると、わぁぁぁぁぁぁ、という歓声が湧き起って来る。
そんなギャラリーをしりめに、ますます白作さんのスコップ型コントローラーのザクザクっぷりはしばらくとどまるところを知らずに続いたのだった。
「このあたりにいるって先輩に聴き……あたったー!!」
白作さんのスーパープレイを眺めてるギャラリーの腕とギャラリーの腕のすきまからギュっと顔をつき出して、この暑い時季にはすこし暑苦しそうに髪の毛のロングな少女・岩生日菜(いわお ひな)が声をあげたが、ギャラリーの他の女子高生や中学生たちの歓声の方がオクターブ高くて、かき消されてしまった。
「ねぇ、居たよ、居たよ、ここだったよ、フジサワーッ」
ギャラリーの腕と腕のすきまから首を引き戻して、日菜が店の外に向かって大きな声を出すと、大きなカブトガニのぬいぐるみの入ったカバンを肩にさげた少女がひとり入口の外から〔ヤポンスキー〕の店内に入って来た。
「うっすら聴いてたとおり、白作先輩がスーパープレイを狂い鳴らせてる〔カンデンスキー〕って、ここだったねフジサワ」
日菜のしゃべってる言葉のツッコミどころをいろいろと気にしつつ、しゃべり掛けられた藤清明(ふじきよ めい)は、取りあえず白作さんが居たという事実についてのみうなずいた。
明と日菜も、白作さんとおなじく解人高校の生徒で、最近いっしょに妖怪のことを調べて、おのおの自分製の事典などを作ってたのしんだりしてる。
最近ふたりとも、白作さんの持ってる柳田先輩が数年前にまとめた各地の伝承妖怪についての資料冊子が気になってるマッ最中なのだった。
「フジサワ、はやく訊いてみようよレアなアレのこと」
何度か訂正しても、いまだにフジキヨをフジサワと言い間違えてるのは、岩生日菜が口をひらくごとに記憶喪失装置にかけられたり、あの世で飲まされるこの世のことをスッパリ亡失しちゃう天然水を口に含んだりしてるわけではなく「間違ってるということを単に憶えてないだけだ」というのがだんだんわかって来たので、もともと口数の極端に少ない藤清明は、半分放置の境地に到ってる。
「怠ケタラ、営倉ニ入レルノフー」
日菜が明の手を早く早くと引いてる間にも、白作さんは高得点を重ねて、さらに次の収容所(ラーゲリー)に進んでいた。
〔もう少し待つべし〕
そういう文字の書かれたカードを明は日菜に向かって差し出し、スコップをさっき以上に上げ下げさせてる白作さんのスーパープレイの有り様をゆびさした。
さらに過酷な労働が展開されてるらしく、冷房が効いてる店内であっても白作さんのおでこにはうっすら汗のたまが流れてる。
「確かにあれだけ動いてると訊いても息切れしそうだ、待とうか」
日菜は納得したらしく、『抑留の達人』のギャラリーにまじって明といっしょに白作さんのスーパープレイを眺めることにしたが、お互いこのゲームの盛り上がり箇所などには全く関わり合いのない人生を送ってるので、いまひとつ周りとの温度差が目立つ。
いつの間にか、明はカブトガニのぬいぐるみを頭の上にのせてバランスを取りながら近くにあったイスに腰かけたり、日菜はポケットの中に入れてるプチサイズの顕微鏡を取り出してそのカブトガニのぬいぐるみの表面のアクリルボアを観測しだしたりしてた。
「フジサワ、この中サイズのカブトガニも、いいアクリルビワの生地つかってるね」
ボアがビワに変貌してしまうとすると、琵琶っていう響きのせいで、世界に名高いカブトガニと言うより、壇ノ浦のヘイケガニみたいな雰囲気だよ、と明は思いながらも、日菜がプチ顕微鏡でカブトガニのぬいぐるみ表の面に肉薄してもバランスを崩さないように頭を左右に微調整する。
「これっておなじ店舗で買ったの? えーと、どこだっけ、どこだっけ……岡崎?」
〔岡山〕
それに対するツッコミ用の特別あつらえカードは、明のカードの束の上の方に既に仕込まれていた。
「岡崎から、送料っていつもどのくらいかかるの?」
しかし、まったく効いていなかった。
宮崎と宮城を以前間違えられたときといい、今回の岡崎と岡山といい、同じ漢字が使われてる似たような地名が割とたくさんある日本列島に対して明は少し頭をかかえつつ、特にそうでもないよ、という顔つきで首を横に振る。
「まぁ、もともとカブトガニのこの大きさのぬいぐるみなんて本体価格自体がけっこうするものねー、それに比べたらやっぱり人気のあるケッカイくんは、近場でも買えるから勝ちだね」
何が勝ちなのかハッキリ言って不明すぎるが、日菜は自分の好きなケッカイのキャラクターを礼賛しはじめた。
しかし、明が何億回、日菜のいつも身につけてるケッカイくんグッズのケッカイの顔は、本物のケッカイくんグッズとは明らかに違う、この世の破滅を知った瞬間のような表情をしており、到底正規ライセンスのもとで造られた製品とは見えない。
〔それは無い〕
――明が、そう書かれたカードにカブトガニの挿し絵を添えて突き出すと、日菜はプチ顕微鏡をポケットに即座にしまうとその場から数歩さがって、明が頭の上でバランスをとってるカブトガニぬいぐるみにキッと視線を向ける。
「ケッカイより脚の数で勝ってるからって調子にのっちゃ困るよっ!!」
〔それは無い〕
「岡崎であってもケッカイのグッズのほうが存在してる総数は多いよっ!!」
〔岡山〕〔それは無い〕
明がダブルカードで応戦に励んでいたころ、白作さんはスコップ型のコントローラーをコントローラー置場に戻し、『抑留の達人』をまたハイスコアクリアーして既に姿がなく、ギャラリーの関心は明の頭の上でいまだにバランスを崩さずにいるカブトガニのぬいぐるみへと移り変わっていた。
(2014.07.06 氷厘亭氷泉)