えんすけっ! まわれノドボトケ

 TENKOROは大きな商業施設で、中にはたくさんのファッション系のテナントが櫛比していて、牧田スガの好きなチャブクのショップや、口井章のガイコツな髪飾りなどが売られてる店も中に入ってる。
 下の階のほうなどはほとんどそういうお店だらけだが、1階の一部には新鮮なフルーツドリンクとミルクと天然の樹液を売る店があり、地下1階にはチーズの専門店と羊羹屋さんとチョコレートショップと果物屋さんがある。
 そんなTENKOROの店内で、藤澤桃里(ふじさわ ももり)は1階の入り口付近に立てられてる七夕飾りに眼をやりながらエスカレーターを下りてゆく。
「……あみ細工はもうちょっと濃いもえぎ色のほうが、あみきりを呼び寄せられそうっスけどねぇ……」
 そんなことを考えながら桃里はエスカレーターからタッと降り立つと、地下1階のフロア内をさっさっと歩いてく。


藤澤桃里

「あーっ、桃里ちゃぁん!」
「おぁっ」
 桃里が羊羹屋さんの前あたりを歩いてると、不意に、いつも教室でよく耳にする波長の音声が飛び出て来た。
「何かお菓子さがしに来たのぉ?」
 今野円(こんの まどか)は羊羹屋のガラスケースから手を離して、桃里のほうを向いてぴょんと近寄って来る。
「はっちゃんは何してるんスか、エレキ足りてるんスか……?!」
 円の横ではI-836がじーっと動きをとどめ、またたき動作もひとつもせず、ガラスケースの中の水羊羹の箱を凝視してる。
 桃里はサッとその視線の領内に右手を出してみるが、反射はもとより、反応は無い。
「あっ、はっちゃんはねぇ、いまそのみずようかんの箱の造りを何か観察してるみたいだよぉ」
「え、そうなんスか――じゃ、手なんか前に出しちゃまずかったスかね、赤外線か何かズビャーっと出して計測とかしてたりしたら、エラーしちゃったりしたんじゃあ……」
 慌ててI-836のほうを観る桃里。
「そう思うよぉ、何もエラーシグナルは無いからぁ」
「……自分でやるレジの会計みたいに、〔もう一度読み取ってください〕連発とかになったりしないっスよねぇ……?」
「えっ、自分であのバーコードできるところあったりするのぉ?」
 円は、眼を少しまるくして訊いて来るが、桃里は特にそれに耳を向けずに、動かざること山の如しなI-836のあちこちをちらちら見ている。<
「ジーっとしてるんスけど、ホントに、ホンっトに、エレキが足りてないわけじゃないっスよね……」
「今朝も、胡麻の天ぷらオイル飲んでたし……ノープロプレムなんじゃない?」
 じーっとI-836の横顔を見ながら、ぽにぽにとほっぺのあたりをさわってみる円。
 I-836は何分か前からの姿勢とずっと同じまま、ガラスケースの中の箱をじっと見続けてる。
「ほらぁ、だいじょぶみたいだよぉ、桃里ちゃぁん」
「えっ、何も動作してない感じじゃないスかっ!!? これだいじょぶなんスかっ!!」
「んー、処理作業をしてるのか何かはハッキリしないけどぉ、こんな風にじっくり型さんになることは時々あるからぁ、だいじょぶだよぉ。で? 桃里ちゃんは、和菓子? 洋菓子? どっちをおさがし人間っ?」
 円は眼にワクワクな色彩をおびさせて桃里に近づいて問いかけて来る。
「んー、そのご質問だと回答の選択肢がないっスねー、ふっふっふ」
「えっ、……あー、そぅかー」
 フロアの周囲をぐるりと見渡して何かにきづいたような顔をする円。
「じゃ、これも加えちゃおう……!! 和菓子? 洋菓子? ちりめんざんしょう?」
「ぶわっ、ばれたかぁ」
 桃里のネイビーカラーの上着のすその部分には、アンティークな元禄模様の縮緬(ちりめん)地をリメイクして縫い込んでるデザインの箇所があった。
「江真さんが今度まんがに出す行事シーンのスケッチに使うから買ってこい、って言ってたんで買いに来たんスけど、最終的には食べるものっスからね、ノドボトケに美味しくしみこむもののほうが良いじゃないスか……でも、和と洋とも言えないものっスねぇ……そう、売り場なら、あっちの方角っスよ、あっち」
 桃里が目的地のある方角をゆびさすと、円とI-836の眼の先もその動きにあわせてそっちの方角にホイ、と動く。
「あっ、動いたッ」
 ひゅっと指先がガラスケースのほうに戻る。
「はっちゃん、インストールおわったのぉ?」
「アノ ギンガミ ガ オモシロイデス」
 この店の水羊羹は、平べったい箱のなか一面に水羊羹が入ってる形のもので、その箱の内側に貼ってある銀色の箔のような部分のことを言ってる様子だった。
「そんな風になってるんだぁー」
 チラチラとお店の奥の方に積んである同じ様な箱のほうを見ようと背伸びをしてる円だったが、シュッと振り返るとまたさっきの選択肢に立ち戻って。
「あっ、桃里ちゃん、どこだっけ?」
「菓子は菓子でも奈良平安なころの菓子っスよ」
 そう言うと桃里は自分の頭のあたりをも一緒に指さす。
「え?」
「とんちっスよ、とんち」
「のうみそみたいなフルーツってここのお店売ってるの?」
「……なんスか、その脳みたいな果物って。これっスよ、これ」
 そう言いながら桃里は、両手のひとさし指と親指をつかって、まるのようなかたちをつくって見せる。
 円の頭の中には、しばらく、ちりめんさんしょうとオサジオレンジ(例の、円が言うところの、のうみそみたいなフルーツ)の2つが首切馬みたいにじゃんごじゃんご走り廻ってたが、桃里の禅問答な手の動きにようやく何かひらめいたのか パッ!! と両手のひとさし指をさしだす。
「わかったよぉぉぉ!! ねぇねぇ、はっちゃん、あれだよねっ」
「ワカリマシタカ?」
「うん、きっとあれだよね、あれ、うん。――せーのっ!!」



「んーーー、きっとこれはノドボトケによくまわる、菩薩の世界の水のような甘さあふれる品種っスよぉ」
「んーーー、おっかしいなぁ……」
 円は羊羹屋さんの水羊羹の小さい箱の入った紙袋を提げながら納得のいかない顔で桃里を見ている。
 桃里の手には袋に入れられた2つのまんまるい水蜜桃が入ってた。
「奈良平安って言ってったからぁ……」
「ソレデ シカセンベイ ッテ イッタンデスカ」
「あのころの菓子ってのは木の実じゃないっスかぁ」
 大事そうに水蜜桃を両手で持つ桃里。
「……そっかぁ、のうみそ差してたんじゃなくて、桃里ちゃんの桃ってのをやってたのかぁぁぁぁ」
 ようやく桃里の暗示に気付いた円がエスカレーターに乗りながら大きな声で言うと、I-836は円の手元でぶんっぶん振られる水羊羹の入った箱を気にして、また仏のようにジッと止まって凝視していた。



(2014.06.29 氷厘亭氷泉)