えんすけっ! 空から南京豆

 悟徳学園の中庭では、ザクロの木に咲いた花などが快晴の空からそそいで来る光に色を映えさせている。
 そんなまぶしい六月の日差し中を今野円(こんの まどか)とI-836は歩いていく。
「今日は降ってこなくて助ったねぇぇぇぇ!!」
「シバラク アマグモ キマセンネ」
 円の手には、おにぎりとたまごやきとカニさんウィンナーの入った、購買のおにぎりパックが持たれてる。
 悟徳学園で売られてるお弁当の中では、このカニさんウィンナーの入ったおにぎりパックはこっそりと根強いファン層に支えられている人気弁当。円もお昼を買って食べる日はときどきチョイスしてこれを食べている。
「購買の人、昨日は雨で学園に来る途中クラッシュしてお弁当バラバラ殺人事件になっちゃったから来てなかったんだねぇ、レイニィシーズンこわいこわい……明日も降らないといいなぁ」

 おでこに少し浮いて来た汗のつぶをぬぐいながら真っ青な空を見あげる円。
 すると、I-836が突然、五六歩先にダッシュして立ち止まり、右足をバッと蹴り上げるように上にあげる。
 空気を切る音もするどく、結構な勢い。
「はっちゃんっ!! わぁぁぁぁ、和美ちゃんの真似?」
「チガイマス ミテクダサイ」
 I-836のソレとゆびさす方に円が目を向けてみると、そのズーッとはるか先には靴が片一方ころがっている。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! すごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」
「トバシスギマシタネ …… キョリ チョウセツ……」
「ちがう、ちがう、靴の中にくつしたも格納させたまま飛ばしてるのがすごぃぃぃぃぃぃぃぃぃんだよぉ!!!」
 I-836の飛ばした右足に履いてた靴の中には、I-836のつけてたくつしたもそのまま一緒になってついて行ってた。
「アッ」
 自分の右足を直視する、言われて気づいたI-836。
「おてんきうらないをしたわけだねぇぇ、はっちゃん!!」
「ハッ …… ソウデス オモテ or ウラ ドチラデシタカ」
「あぁっ」
「ドチラデシタカ」
「ごめん……はっちゃん、さっきくつした格納に注目しすぎてて何も考えずに靴ひろっちゃってた……、おぼえてないぃぃ」
 あやまり顔をしながら靴(特別付録・くつした)を振って砂ぼこりを落とす円。
「……エッ」
「はっちゃん、ドッチが出るのか計算した上で発射とかしてないのぉ?!」
「ソレジャ トバスノ ムダ ジャナイデスカ!! ミンナ ガ ヤルノト オナジデ ドチラカハ ワカリマセンヨ」
「じゃーーーーーぁーーーーーーー、もう一発!!」
「ハイ」
 バッとI-836が今度は左足を蹴り上げてもう一方の靴を飛ばすその放物線を、カニさんウィンナーと共に眺める円。
 調整の成果か、今度はちゃんとくつしたを足にとどめて、靴は空中へと放たれていた。
「あっ、雨だぁぁぁぁ」
 地面に到達した靴は見事に、天を地としてぴったりと着陸している。
「で? 実際のところ大気のうごきはどうなの?」
 円が靴をひろって戻りながらそう訊くと、I-836はアンテナを通じて寒気と暖気と風向きのデータを呼び出す。
「――――ヨホウ ニ ヨルト ハレマスガ 、キョクチテキ ナ アメモ」
「あぁぁーーっ、またハプニングな感じで降るかもなのぉーっ?!」
 I-836にまた靴を渡しながら大きく悲愴な顔をつくる円。
「なに叫んでんの、まどかちゃん」
「あっ、スガリンーっ!! 今はっちゃんにこれやってもらったんだけどねぇ、けどねぇ!!」
「あ、ハトでもいたの?」
 何かいろいろとつまってるクラフト紙の大きめの袋を両手でかかえながら牧田スガはあたりをキョロキョロ見渡す。
「エッ?」
 1人と1台は同時にそう答えると、スガと同様にあたりをキョロキョロ。
「だって、そこ、ピーナッツがあるから、はっちゃんに発射させたの?」
 ――たしかに、円たちの足もとには、ふたつぶ、ピーナッツが転がってる。
「あれぇぇ?! なんで豆ぇぇぇ?」
「えっ、もしかしてこれ空からでも降って来たの?! 年代記ものっ? 年代記ものっ?」
「……ミギアシ ニ ツイテタンデスネ」
 くつしただけになってる状態の左足をごろごろ動かして何かを感じ取ってるI-836。
「じゃあ、はっちゃん……ゆうべからずっと豆くっついてたってことぉ?! なんとも違和感なかったのぉっ?」
「……」
 照れ笑いして特に何も発しないI-836。
 円の脳裡には、ゆうべ兄のつくったカナダビーフのカツレツを食べたあと、海外ドラマを見ながらもくもくとピーナッツを食べてた映像が浮かんでいた。



牧田スガ

「なんだあ、はっちゃんにそんな事させてたのぉ。――でも、普通のピーナッツだったらこっちのほうがいいよー」
 スガがそう言って両手で持った紙袋をずずいと円の近くに近づけて来る。
「えっ、スガリンなぁに?」
 円が覗き込んでみると中にはパンなどと一緒に〔抹茶くるんだ南京豆〕と〔黒糖くるんだ南京豆〕と印刷されたパッケージが入ってた。
「今週から売り出すようになったんだよ!! 試食会に何回か出てたとき美味しかったから早速買ってみたんだー!! どう? どう?」
「どっちのほうがおいしいのぉ? やっぱりスガリンのカラーから考えるとぉ……」
「抹茶だって言いたいんでしょ……。試食会で出されてたときは特に差はなかったんだよね」
 にこにこしながら紙袋からパッケージを出して中身の色ツヤを見比べだすスガ。
 いっぽう、円の脳裡には、【全御菓子大試食会】という扁額のかけられた巨大なホテルの大広間で、つぎつぎと抹茶色の夜会服に身をつつんだスガリンがあちこちの純白のテーブルに並べられた銀器や重箱にひとくちずつに分けられた洋菓子や豆菓子をたべて廻ってる妄想が浮かんでいた。
「じゃ、とりあえず開けて見よ、開けて」
「えぇっスガリンっ!? ああああぁぁぁぁぁ……、おいしそぉだねぇ、おいそしぉだねぇ」
 紙袋を片手にかかえ直して、ガサッバリッと開封しだしちゃうスガの豆菓子群に顔を近づけて香りをききだす円。
 抹茶のさわやかな香りと黒糖のこうばしい香りが、くどくない程度にふわりと鼻に近寄って来る。
「なんかデラックスな感じの南京豆たちだねぇ、スガリン」
「あっ、黒糖の味ちょっと淡くなってる、なってる、こっちもまどかかゃん食べてみて、くらべて、くらべて」
 開封したパッケージを紙袋の中にこぼさないようにおさめ直すと、
 円とスガはいつの間にか足を次第に脇に寄せて、中庭にいくつか設置してあるベンチに近寄っていた。すると、どこからともなく聞き覚えのある凛とした声が流れて来て、ポリポリと2種の味のピーナッツを噛んでいる音の響いてる2人のの。
「何してらっしゃるの。人類、歩くときはきっちり前を向いて歩行なさらないと、柳田先輩の足に着地しますわよ」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!?」
 2人と1台が同時にハッと顔を上げると、まえにあるベンチには柳田先輩が腰をかけていた。
 じっと厚い本に視線を落としたまま、神聖にしてオカスベカラズな読書空間をつくっており、円とスガは驚き慌てふためき、七つぶ八つぶ〔抹茶くるんだ南京豆〕を周囲にぶちまけてしまう。
「すすすす、すみませんっ柳田先輩っ!! これに気をとられてましたっ!!」
 必死に頭をさげて謝るスガ。
「先輩ぃ、何を読んでるんですかぁ……、余りまぶしいところで読むと目の毒ですよぉ……、あっ、アリのやつですねぇ」
 円は柳田先輩の脇へまわってそのまま会話を和やかにしようとこころみたが、サンクチュアリな空間に余計なことも言っていた。
 その様子をハッと見てスガの顔は半分硬直するが、柳田先輩はページの行文に視線をじっと落として姿勢を変えないまま、特に眉ひとつも動かさずに蟻の生態についての研究書を読んでいる。
「まえぇ、オットー先輩がさいきん柳田先輩、アリの学名とか地方名おぼえてらっしゃるって言ってましたけどぉ、どうして興味が大進行したんですかぁ?」
「蟻って、あたま、良いから」
 コンマ以下の速度で返答してページを次にめくる先輩。
「あっ、柳田先輩ぃぃっ、これっ、新しく売り出されてるお菓子なんですけど、黒糖の、いかがですかっ?」
 円の脇から割って入って〔黒糖くるんだ南京豆〕を進めるスガ。――ちょっぴり腕がぶるぶるになってる。
 すると、柳田先輩はおもむろに視線をページから外して、スガの差し出している黒糖コーティングされてちょっぴり粉糖がふりかけられた豆菓子に眼を向ける。
「あら、スガリンおすすめは抹茶味じゃなんですの?」
「や、や、や柳田先輩まで、わたしのこと、このっ、茶袋あつかいしすぎですぅっ!!」
 スガは髪につけているうすい抹茶色の「茶袋」のリボンをポンポン叩きながらそう言うと、柳田先輩はクスッと笑っていた。  



(2014.06.15 氷厘亭氷泉)