えんすけっ! レッドとロックとイエーイ

「あっ、すごぉーい、すごぉーい、はっちゃんコレでいこうよ、これ!!」
 今野円(こんのまどか)はI-836のひらいていた分厚い本の中のいちページをゆびさして、大きな声を出す。
「コレデスカ ゼンゼン アレデハ アリマセンヨ」
「えーぇ、だってカラーリングはだいじょぶな感じだよぉ、レッドじゃぁん」
「ソコダケ トレバ タシカニ デスガ」
 特に表情も変えずに答えるI-836だが、少し〔それはどうなんだ〕感を出しつつ応答している。
「思った以上に〔レッドだ〕って言ってるところは日本の各地にあるんだし、もしかしてな範囲で関係ディープかもしれないよ!!」
「ソウデスカネェ――」
「これぇ、これぇ!!」
 円はさっそく、自分の手もとにある黄色いルーズリーフに内容をメモして書き取っていく。

塚崎みや

「何してんの」
 教室に戻って来た口井章(くちい あき)と塚崎みや(つかざきみや)が、やたらとテンションのあがってる円とI-836に声をかける。
「あッ、あきちゃん、とうりょう、お水どうだった? フルーティーだった?」
「はぁっ?! 出て来るの水そんなんだったらキモくて飲まないよ、フルーティーなわけないだろ、ただの濾過水だよ」
 章はいつもどおりのテンションで、ずぶりと答える。
「えぇー、でもあれって新型なんでしょぉ? それくらいのスペシャルメカなのかとまどか、思ったよぉ」
 ルーズリーフに記事を写す手をカンペキにストップさせながら円が真顔で言う。
「そんな余計な機能ついてたってしょうがないだろ」
「あっ、ねぇねぇ、死神、しにがみぃ、あのこと言ってるんじゃない? まどかは……」
「えっ?」
 同じクラスの塚崎みや(サッカー部員・でかい)からは "しにがみ" というあだ名で完全に呼ばれるようになっている章。
 もちろん、いつもあのガイコツのヘアピンをつけてるからだが、誰が拡めたものなのか(あだ名……という点でなんとなく想像がつくが)じょじょに拡大しつつあるようである。
「その、機械の横にあったやつ……」
 みやが章にゴショゴショ耳うちする。
「えっ……あぁ……なるほど。――えぇぇぇ? あれかぁ?」
 章も想い起して気がついたのか、目を大き目にひらいてうんうんとあいづちをする。
「ふたりで何ひそりひそりミーティングしてるのぉっ!!」
「まどか……の言ってるのは新しく設置された水飲み機械じゃないぞ」
「たぶん、そー思う」
「ええっ!! だって設置されたのって廊下のそこの突き当りのところでしょぉっ? 用具室の前のっ、ねぇ、はっちゃん、折口せんぱいが昨日そう言ってたよねっ?」
「イッテマシタネ」
「いや、場所はそこだけどさ……。おい、とうりょう、連行してやろう」
「あいあい」
 章とみやはそう言うと円を片腕と片腕、双方からつかんで運びだす。
 とうりょう(棟梁)というのは塚崎みやのニックネーム。運び出すときとかにこう呼ばれると、なんだか本当に現場監督一級建築士みたいな気分だ。
「まどかちゃんは運びやすいなー」
「わっ、あっあっ、ずるいよぉ、ふたりともぉ、こういうときに運動パワーの差をみせつけるのずるいよぉぉっ!!」
 ずるずると連れて行かれる円。


 I-836はとことこついて歩いて来る。
 用具室の前の廊下のちょっと広いスペースには、デデンと四角くて表面のキラキラきらめく機械が立っている。
「ほら、まどか。これが、新しく設置された、水のみ機械」
「えぅっ?」
 円は眼を大きくして変な声をあげる。
「これじゃないよぉ、これって明らかにまどかが見たのと違うよぉ!! 人違い……メカ違いだよぉっ!!?」
「ほら、やっぱり」
 みやが納得いったような顔で章につぶやく。
「じゃあ、まどかちゃん、こっち?」
 みやがそう言って機械の奥の水道の蛇口がいくつも並んでるスペースに置いてあったポットを持って来る。
 りんごの模様がついている小さいポットだ。
「えぇぇぇぇっ、それは見た目にぜんぜんメカじゃないよぉっ!!」
「ほらみなよ、とうりょう。さすがに横にあったそれと見間違えてるってわけはないでしょ、確かにフルーティーな絵がプリントされてるけどさ」
「……さすがにこれじゃ無いか」
「ねぇーっ、はっちゃん、これじゃないよねぇっ?」
「デスネ」
「折口せんぱいにチラッと教えてもらったときは、もっとまるい……トイレットペーパーの芯みたいな筒のかたちの……スチールの……」
「スチールで筒なら、トイレットペーパーじゃなくて、アルミ箔の筒とかいえよ、まどか」
 章のツッコミを尻目に、水のみ機械のまわりをくるくるまわって、機械の様子を監査しまくる円。
 上からじーっと下に見下ろしてみたり、じっくり顔を表面に映しつつ凝視したりしている。
「ねっ、死神、やっぱりまどかちゃんが折口先輩にかつがれてたと見るのが妥当でしょ」
「だろうね」
 十二分に納得しあう章&みや。
「……ふぅぅぅ、ということは昨日まどかが見た機械はなんだったのぉ?! だってモトモトあった水のみ機械とも全然違ったよ!!」
「デシタ デシタ」
「だよねっ、はっちゃん!!」
「たまたま、用具室の係りのひとがそこに何か荷物置いてただけじゃないの?」
「そんなことないよぉ!! 電源コードみたいなのもつながってたよ!! ここ!! ほら!! ここ!!」
 電源コードのあたりを触ろうと、廊下に伏して顔つけだす円。
「わっ、まどかちゃんやめなよっ、あぶなっ!!」
「確かに、ここにつながってたよぉ」
 コンセントをゆびさす円。完全に廊下べったりである。
「わかった、わかった……じゃ、確かに何か別の機械があったってのは認めてやるよ、幻覚じゃなかった、ってことはね」
「あっ、あきちゃん。言いぐさヒドいよぉっ!! 幻覚じゃないよっ!!」
「わかったって」
「じゃないよっっっっ!!!!!!」




 その日の午後、体育の授業のあと、数人の生徒があたらしい水のみ機械で水をのんでいる。
 悟徳学園に新しく納入されたこの機械は、二年生の紅佐(べにすけ)さんの家の会社(飲料などをあつかってる)から来たようで、BENISUKEというシールが保障番号とかと一緒に貼ってあった。
「べにすけ のヤツなんだな」
 水を飲み終わった章がうしろにちょうど後ろに並んでた みやに対して替わりぎわ、ぼそっと言う。
「あっ、死神そんなところ見てたの、じっと凝視してるから、まどかちゃんの言ってた未確認存在機械さがしてるのかと思った」
「まさか……、だって用具室にもそれらしい機械なんて置いて無かったじゃん」
「ぶっ……たしかに」
 みやが水を飲みながら答える。
「円筒状だったんだろ……? 水の配管か何か綺麗にする機械だったんじゃないの?」
「でも、フルーティーだったぁ〜? ってまどかちゃんが言ってたのって、その機械に果物の模様がたくさん付いてたからなんでしょ?」
「そんなことも言ってたね……、何みて言ったんだろ、先輩」
「あのあと、まどかちゃんは許してくれた?」
 水をのみおわって、みやが無造作にくちびるのまわりを手でぬぐいながら訊く。
「あぁ、授業はじまる前に、"ろっく様" のこと教えてあげたらケロっとよろこんでた」
「なにそれ」
「中国地方とかの竃(かまど)の神様」
「ものすごく岩石だったりするの?」
「とうりょうも、まどかと全くおんなじ感想だっ、ちがうっ!!」
 みやと章のふたりが笑いながら教室に戻ると、もう円は体操着から制服に着替えてた。
「あっ、あきちゃぁぁぁぁぁぁん、ろっく様の "ろっく" って土公(どこう)なんだねぇぇぇぇぇっ!! さっき気付いたよぉぉぉ!!」
「おっ、やっとそこまで理解すすんだか」
 章は自分の席についてシャツを出しながら答える。
 みやは吹き出すのをこらえつつ、少し離れた自分の席で着替えてる。
「いやぁー、ずーっと持久走しながら頭の中はロック考察フェスティバルだったよぉっ!!」
「授業中にへんな催しをのうみそで行うな、キモいよ、まどか」
 体操着を脱ぎながら章は少しホッとしつつツッコム。
「あっ、なんだっけ、ろっく様を忘却するとたたるよ! って俗信の名前っ!! あきちゃん! あきちゃん!」
「うもれろっくぅ」
「それっ、その響きがいいよぉっ、いいよぉっ、もう今日の部活でプチ発表するやつ、変えられるものならぁそれに変えたいくらいだよっ」
「相当気にいったの?」
「埋もれ――でしょっ、すごいよ、すごいよぉっ!! うもれろっくぅ!! わぉーっ!!」
 どこがツボなのかさっぱり章にはわからない。
「発表するものはさっき書いてたやつだろ」
「あ、そうだねぇ、うん」
 円の机の上には、次の授業につかう教科書と一緒に、さっきメモ書きをしていた黄色いルーズリーフも何枚かぴらぴらと置いてある。
「なにプチ発表させられるの、テーマ」
「かっぱについてだよぉ」
 かっぱについて と口にするときのしぐさが、きゅうりを両手で持ってる "おすいこ様" のポーズな円。
 完全にテーマの発案者がダレだったのか類推できる感じである。
「ああ……、でもこの前もそんな感じのことやってなかったか? なんか聞き覚え……あるぞ」
「あっ、あきちゃん、脳のシナプスがファーストクラスだねぇ、この前の資料からほりさげるってやつでしょ? うん、あのときまどかが持ってった資料からは東北地方のみずち(河童)のことを掘り下げたよぉ」
「てことは、そのつづきなの」
「んー、ちょっとつづきになるといえばなるけど、今日は四国のレッドな、わぉーっ!!」
「ん? また、言ってること跳び過ぎてわけわかんないぞ、まどか」
「あきちゃぁぁぁぁぁぁぁん!! あっ、あ、そっ」
 章が顔を上げてみてみると、円はものすごくあわてた表情をしてる。
「なに? きょうはべつに変なパンツは履いてない……」
 スカートをはきながら章が冷たい視線で答える。
「ちがうよっ、あっち、まどっ、そっ、とっ」
「外? なに……?」





「なんだぁ、じゃあ結局、死神の想定も半分正しかったんだぁーっ」
 放課後の部活の時間帯もだいぶ暮れたころ、悟徳学園の校庭で靴ひもを結びながら塚崎みやが少し吹き出しながら言う。
「そうっ。結局あの新しい水のみ機械がさ、設置されるホンの少し前とか何かに、あそこでそれを充電してたとかそういうんでしょ!!」
 そう言いながら口井章は鉄棒をシューシューと拭いていく。
「でもねぇ、まどかちゃんが折口先輩にだまされてた円筒形未確認機械の正体、校庭の殺虫剤まく機械だったとはねー、こっちだって、わかんないわかんない、想像及ばないよ」
「折口先輩、植物も好きだから、わかってたんじゃない機械のかたちとかは」
「あっ、かもー」
「どっちも騒がせ者だよ、まったく」
 鉄棒を拭き終った布をプラスチックのかごにポイと入れると、そのまま章は校舎のほうへ歩き出す。
「じゃ、とうりょう、おつかれー」
「うん、あきちゃんもねー」



 いっぽう、妖怪研究会もプチ発表がいくつかなされ、それを受けた柳田先輩のいろんなマシンガントークも終結して散会になった。
「ジカン タリマセンデシタネ」
「だったねぇ、でも、みんな発表おもしろかったねぇ」
 円のプチ発表はマシンガンの弾数の多さによって(?)次回に送られてしまったのだった。
「赤しゃぐまです、っていった途端に「あ、それなの? じゃあ次ね」だもんねぇ、――ちょっと残念だよぉ、レッドで子供だから良いと思ったのにぃ」
 I-836といっしょに廊下を歩いてると、後ろから折口忍(おりぐちしのぶ)が追いついて来た。
「――おつかれ」
「まんまとひっかかりましたよぉぉぉぉぉぉ、せんぱぃぃぃぃ、昨日のあのフルーティーウォーターメカ!!」
「あっ、あの機械の正体、あんたわかっちゃったの?」
「わっかりましたよぉぉ!! さっき校庭でしゅーしゅーと動いてるの窓から見えましたよぉっ!!」
「ちょうど良い場所にいたから。――でも、ふるうてぃな水が出るよりも、そーだが出てくれる機械をそこいらに置いてくれたりするほうが私は嬉しいね」
「んもぅ、んもぅ」
 円がすねた口振りをするが、その部分に関しては忍は特に興味なさげにまた前を向いて廊下を進んで行ってしまう。

「あっ!! あっ、せんぱいぃ、待ってくださいよぉっ、いぇーいはドコにいるんでしたっけ」
 円が声をかけるとピッと歩みを止めて、忍が振り返る。
「いぇーい?」
「さっきの、プチ発表の」
「いぇーいじゃなくて、"いえんこう"っ!」
「はい、そのいぇーいって喜んでるえんこうです」
 いぇーいと言うと合せて、ぴょんと跳ねる円。
「違う、あのえんこうは、こう――」
 頭を左右に振る忍。
「えっ、どうして、えんこうはどうして、そうしたんですか。いいじゃないですか、首なんか振らなくっても、そのまま引っぱっていけば、そうすれば減らないし。いぇーい」
 きょう、忍がプチ発表した〔いえんこう〕という河童の伝承(馬をひっぱろうとして頑張ってたら馬が首をぶるんぶるん左右に振って抵抗したので失敗しちゃったという岡山県の話)について円は訊いてるのだが、よそから聴いてると、全くもって "犯罪の香り" がしてきそうな単語が羅列しててアブナイ。
「この "えんこう" …… "いえんこう" は、目の前の相手がやってることを真似しちゃう癖がある。だから、馬が首を激しく振ってるのをみて、つい真似して、自分のお皿の水を大減量させて失敗したの」
「あぁーーーーっ、まえそんな、つい真似しちゃうクセのある河童、ほかの場所の伝承も出て来たことありましたねぇぇぇぇぇぇーーっ」
「そう、それそれ」
 うんうんと首をたてに振る忍。
「ですねぇ、ですねぇ」
 おんなじように首をたてにふる円とI-836。

 その うんうん×3 の様子を遠見に目撃してしまった章は〔明日はどんなこと円が言い出すんだろう……〕と、不安の種を脳裡に生じさせつつ、赤い夕陽の濃くさしこむ廊下を、用具室に向かって歩くのだった。



(2014.05.25 氷厘亭氷泉)