「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃいぃぃぃぃいいいぃぃぃぃ!!」
「ひどい声だな」
忍たちの教室の戸口には今野円がズズンと立っている。
ツカツカと戸口に向かって行って、顔を円に向ける忍。
「またいちだんと大声で……。あんた、まだ集合には早いんじゃないの」
「えっ、そうですかぁ? まどかはもう資料選んで持って来ましたよぉぉぉ」
「どれ……あぁ、ずいぶん、また、あんた……。んっ? おまえも持って来たのか?」
円がかかえてる雑誌などの束を忍はスーッと急行通過して、I-836の持ってる本に目をやる。
「ハイ エラビマシタ」
きょうの悟徳学園妖怪研究会は、おのおの学園の図書館からおもしろそうな資料を借りて来て、その資料の中に報告されている伝承や伝説からおもしろいものをピックアップして、ほりさげあうというのが主題だった。
「だってぇ、せんぱいはもう持参する資料決まってるんですよねぇ?」
「先月これやるって決まったときから既にから決めてたから」
「そうッ、そういう風に先週きいてましたからぁ、時間前にせんぱいは集合しちゃうかなぁと思って、まどかたち、イワエツゥンナイ速度で探して借りて来たんですよぉっ!」
「別にそんなぶちぬき速度で急ぐ必要なかったでしょ」
「もう、イワエツゥンナイ速度ですからねっ!! ホームルームのおわりのほうは、ほとんど突き抜けて教室から飛び出して図書……!」
「跳ねすぎだよあんた、それじゃ」
「あぁぁ、日直だったあきちゃんにも、そう呶鳴られましたぁ」
「デシタネ」
スピードの出し過ぎで横っ腹がきゅぃぃぃぃんと痛くなり、資料をかかえてる手の緊張は硬めの円だが、表情はにこにこ。
もちろん、I-836はロボットなので横隔膜とか脾臓とかはカンケイない。
「ゆっくり歩いてくよ、集合場所には」
忍は苦笑いしながら言う。
「えぇ―ぇ、ほんとですかぁ、またまどかたちを巧くまるめこんじゃってるんじゃないですかぁ〜?」
「そんな無駄なこと、しない、しない」
「そうですかぁ?」
「逆に早く集合に行ったとして、時間過ぎても来ないのがいるんじゃないか? 音東とか……」
むふゅっと笑いながら忍が言う。
「えっ、オットーせんぱいですかぁ? えっ、えっ、オットー先輩なら、逆の逆に、折口せんぱいよりももっともっと早く決めちゃってるんじゃないですぅ?」
たしかに、鎌倉音東(かまくらおとひ)は妖怪研究会最強の資料マニアで、知ってる資料名は柳田先輩以上だったりもするし、悟徳学園の図書館内の本の配置はすべて頭の中にデータインプットされてるような少女だ。
「選ぶのは早くてもね、あんたと同じ冊数……、いち、にい、さん、し、ご……その冊数と同じだとしても総重量はかならず、あの子の選ぶ本のほうが、"へびい" でしょ、きっと」
もくもくもくと想像すると、南米のピラミッドをつくるときの
円のチョイスして来た資料は確かにページ数はそんなに多くない報告書や雑誌だ。
「だからね、どっさり運ぶのに "ぶるとおざあ" でも呼ばないと……。ね、物理の上で遅い予感がするでしょ」
「そうですかねぇ、そんなにヘビーレベルな積載重量になっちゃったらぁ、必要な箇所だけまとめてコピーして来るんじゃないですかぁ?」
「あっ、それはしないでしょ、おっとーは」
忍は首を横に振る。
「あれっ、そうですかぁ?」
「柳田先輩は造本がどんなの本なのかも気になさる、って知ってるから」
「あぁぁぁぁー…………ですかねぇ」
「遊び紙の紙質まで見ますよ、柳田先輩は」
「ああああぁぁー……!」
思い当たる柳田先輩の行動を目にしたことがあるのか、円はかかえてる自分の選んだ資料の一番上の1冊をササッとひらいてみる。簡素なもので、遊び紙などが挟まってるような造りの報告書ではもちろんない。
「どぉしましょぅ!!」
「いや……あんた、別にそういう〔凝ったものを探そう品評会〕じゃないんだから……気にするところじゃないでしょ」
「あぁッ、そっか!!! そうでしたねぇ……ウッカリあせっちゃいましたぁ」
円は、ははははっと笑顔で返す。
すると、忍は教室のほうへツッと入っていき、自分の机からカバンを肩に掛けると、渡部そで等をはじめ、教室内のクラスメート数人に「じゃあな」といったかたちで手を振ると、また出て来る。
「じゃ、仕方ない、行くか」
忍はそう言って教室を出て来るが、〔行くか〕のときに顔を向けてるのは明らかにI-836だった。
「ふぅん……『うとう』って雑誌かぁ……青森郷土会……」
折口忍は、家に帰る途中の道で頭の中で忘れないように繰り返しつつ、信号待ちをしてた。
あのあと、妖怪研究会で鎌倉音東が持って来た資料の中に名前が出て来た青森の郷土雑誌(『うとう』1933〜1989年)の中に、おもしろそうな文があるらしいのを会話の中でほりさげて訊いたので、さがしてみようと発行所などを忘れないよう、おぼえてるのだった。
歩行者用信号がそろそろ青になりそうなころ、うしろから声をかけられた。
「わアー、遭遇しチゃいまシたねーェ!」
「なんだ、ろしあの"すぱい"か、相変わらず、かぎまわってるのか」
声をかけて来た葱耜月世(ねぶすき つきよ)に向かって、忍はいつもどおりの返事を笑いながら、ただし、顔は向けずにした。
もちろん、月世がいるのであるから、その少し後ろには赤柴水矢(あかしばみずや)牛島績美(うしじまうみ)、同じく徒党を組んでいる忍マニアの残りの二人もワンセットだった。
「あっ!! 忍さま」
「あはは、ほんとうだー」
折口忍、葱耜月世、赤柴水矢、牛島績美、ずらりとならんで宅配便のトラックの曲がったあとの横断歩道を渡る。
「……うとう! 青森!」
横断歩道を渡り終えたあたりで、忍は大きな声ではっきりとそう言った。
「えっ、なんです」
いぶかしげな顔で忍のほうを見る水矢。
「別に」
「うとウやすカたー?」
「青森ですねぇ、あははは」
「――あ、そういえば忍さま、いましゃべってたんですけどね」
水矢は月世を追い越して忍の脇に駈け寄る。
「ネブはね、ピラミッド派なんですよ」
「は? 王朝でもつくりあげたの?」
水矢の発言に対して目をきょとんとまるくしてる忍。
「やだ、みずっちそれじゃ結論すぎるよーあははは。あのね、ネブの家は豪勢すぎる純日本建築じゃないですか、顔に似合わず」
績美がはなしを続けようとして駈け寄る。
「カオって、ナんでスー」
「垣根は建仁寺だし、茶室な部屋もあるし」
「すぱいとして潜り込むために、家屋に過剰な "えなじぃ" を使ってるわけだな。わかるわかる」
「ひドいでスねー、余のせいデそういうツくりナわけジャないデすよーっ!」
大笑いしながら抵抗する月世。
「で、そんな家の玄関が、実はネブ本人はすごく気に入ってないんだって、あはは、ね、そうだよね、ネブ」
績美がそう続けると、こくこくと月世は大いにうなずく。
「日本のこノ足利以来ノ家屋様式はカッチョいいのデすけど、玄関ノあの階段みタいなのは、余には鬼門なノです」
「かいだん?」
「またぁ……ネブの家の玄関は、ほら、土間から式台があって踏み石らしきものがちょこっとあって、さらに上がり框(かまち)が控えてるんですよ、こう、あがってあがってあがってようやく家にあがる……」
「あぁー、のぼりおりの事」
なっとくする忍さま。
「余はコのまま忍さマをはじメとシテ多くの薄い本ヲ買っちゃうわけジャないデすか!! 人生にオいて!!!」
「うすいとか余計だよ、あははは」
「……うとう!!」
「えっ、なんです」
「別に」
「ジゃ……、薄い本や厚い本ヲ買っちゃうわけジャないデすか!! 人生にオいて!!!40年50年後、手に入レたソれを抱えテ家に上がることを考エたら、アの玄関の階段は是非ばりバりと改造しテ、スイッチ・ポンでピラミッドを造るトキ石材ヲ運ぶトキみたいな……」
「……みたいな傾斜と、ころころする棒が出来るようにしたいってんだろ、どんな大改造だよっ、ピラミッドってのが必要ないんだよっ」
「ころガす棒は、いラないでスよーッ、のぼるトキ、つるつル転がるコロガるっ!!」
「持ち運べなくなったら "たんく" で運び入れろ、どうせどこかに駐車してるんだろ」
「だカラーっ、余ノ家の自家用車は戦車じゃアリませんてばー、また忍さマそういう変なことモリこんデ考えルーっ!!」
「……アオモリ!!」
「えっ、なんです」
次の信号待ちにさしかかったころには、四人とも大笑いしながら横一列になっていた。
「忍さま、わてらの脳髄に間接的にメモしようとしないで、いいかげんそういうメモは自分のノートにして下さい、横着です」
「えっ、かんすけその意味わかってたの」
ちょっと驚いた顔で水矢のほうを見る忍。
「あんな不自然なの……、わかりますよ」
「……うドん!!」
「ネブ、混乱させるのやめろっ」
「……香川!!」
ほんのちょっと間をはさんで即答する忍。
「あはは、ミズサワとかにして4文字揃えにしようかどうか悩んだでしょ、忍さま、あはははは…………ウラル!!」
「……エカテリンブルクっ!!」
「ばかっ、牛ちゃんまでっ、忍さま完全に混線にノっちゃったじゃんか!!」
次の日、忍はやっぱり雑誌の発行所名などを思い出すのに手間がかかり(エカテリンブルク→ミズサワ→カガワ→……?)検索に少し手間取り、図書館で読書をしてた鎌倉音東に検索を手伝ってもらったのだった。
(2014.05.18 氷厘亭氷泉)