えんすけっ! 三流どころの

「コレデスネ」
「あったよぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ、ほらっ!! ほらぁっ!!」
 I-836が指さす先を見ながら、今野円(こんの まどか)は大騒ぎをする。
「まどか、黙れ、真昼のサイレンじゃないんだから」
 自転車を引きながら、口井章(くちい あき)は呆れた感じに眉をひそめて声をかけた。

 少し汗ばむ日差しの季節にはいった休日の昼間、円とI-836はたまたま章と遭遇していた。
 用事もあらかた済んでたので、章はこの1人と1台にチョロっとついて来たのだが、やっぱりいつものように円の暴走ぶりは激しかった。
 出会った場所の近くには中華料理の激安チェーン店があったが、右や左にまがって坂道をのぼって国道ぞいに進み、歩道橋をわたって、既に同じチェーン店の別の店舗が建ってるあたりに来ている。

「あきちゃん地図もなしで、よく場所がすぐわかったねぇ」
「このぐらいの距離……、それにこの店ぐらい大体わかるでしょ」
「そんなことないよぉ、まどか全然知らなかったものぉ」
「コノアタリニ アリマスカネ」
「あっ、はっちゃん、あっちがわにありそうなニオイがするよぉ」
「パーキング ガ アリマスネ」
 駐車場のまわりにも、このチェーン店の目玉商品のシューマイの写真がプリントされてる幟がいっぱい立ってる。
 円とI-836は幟の脇をくぐり抜け、中華料理のチェーン店の駐車場のほうにパパっと軽い足取りで入って行く。
「……」
 自転車をゆっくり引いて歩きながらついていく章。
 すると、数秒したか、しなかったかぐらいで、また円が戻って来る。
「どうした、まどか」
「あっちには無かったよぉぉ」
「何が? ――というか、そもそもなんでこの店さがしてたんだ?」
 怪訝な顔で章が円に質問してると、I-836の声が駐車場とは逆の方角から聞こえて来た。
「アリマシタヨー」




「あきちゃんと、はっちゃんのおかげで見つられたよぉぉぉ!! レア販売機だよ!! ミラクル販売機だよ!!」
「……目的があのサイダーだって知ってたら、ここまで同行して教えなかったよっ!!」
 中華料理のチェーン店〔宝燕趙〕(ほうえんちょう)の真横に設置されてる自動販売機には、円が好んでる例のナカナカ売ってない炭酸飲料〔イモホリボン〕が搭載されている。
「やっぱり、あきちゃんだねぇ、すごいねぇ、すごいねぇ、フィールドマップが脳内でしっかり出来てるからたどりつけたよぉ」
「はっちゃん様に検索してもらえば、すぐでしょ」
「やだなぁ、あきちゃん、そんなに簡単なものではないのですよぉ!!」
 そう言うと、円はここまでのイモホリボン販売機(?)捜索の経過をくわしく語り出した。
「――だから、このふくろ、このお店のふくろが重要な証拠だったわけだよぉ」
 円がトートバッグの中から紙袋を取り出し、章の前にズズンとさしだす。
 クラフト紙に〔宝燕趙〕と朱色で印刷されてる紙袋、スニーカーの足跡などもべとっとついてて、かなりうす汚れている。
「うわっ、やめろよゴミっ。まどか、それ道路に落ちてたんだろ、汚なっ」
「これにイモホリボンの空き缶が入ってたわけ!!」
「そっちは持って来てないだろうね」
「ガゾウダケ トリコミマシタ」
「あきちゃん!! そっちも見るぅ?!」
「いいよ、見せなくて」
 章は即座にそう答えると、自転車を自動販売機のある脇の路地に寄せ、キチンとスタンドを立てて停める。
「で、その袋から、この中華屋さがしてたの?」
「うん、そうだよぉ、でもさぁ〜、あきちゃん良く知ってたねぇ、他の場所にもこの中国料理屋さんが建ってるなんて、まどか全然わかんなかったよ」
「さっきまどかたちが居たほうの店は、先月あたらしく建ったんだよ、前は……なんだっけ、えーと、ほら……、あれなんて言うんだっけ」
「あれ? なになにぃ?」
「あーーー、なんだったけ、ほら、この前さ、スガリンが雑誌みせつけて言ってたのと同じやつだよ……、あたまの……」
「あたまぁ?」
「ど……なんとかってやつ!」
「どうもこうもぉ! どうもこうもぉ!」
 円が顔の前に〔……くびが、……ふたつ〕といったジェスチャーを出しつつ叫ぶ。
「そんな変な画像妖怪の店はつぶれるとかどうとかいう前にね、まず建築許可が下りないっ……あ、あれだっ、ドライヘッドマッサージ!! ドライ!!」
「あぁ! スガリンがドライカレーかと思ったら特集こんなのだったぁーって言ってたねぇ」
 頭をもみもみするジェスチャーに移行するが、どうもこうもが尾を引いて、右の頭、左の頭と、もみもみしてるしぐさになってる円。
「看板みてただけだから、他に何するんだかわかんないけどさ、そういう店が入ってたんだよ、でもいつの間にか移転して、先月あの中華屋になってたんだよ、こっちに建ってるやつのほうが昔からある」
「あきちゃん、土地の古老のライフヒストリーみたいに解説できてすごいねぇ」
「なんだと?!」
「でも、良かったよぉ、これで2つめを見つけたからねぇー、イモホリボン搭載機」
 章の声をかまわずきかず、つつっと自動販売機の真ん前にいって1000円札を入れる円。
「あきちゃんにも、おれいとして」
「あっ、いらないからっ!! 別にっ!!」
 止めようとして駆け寄った章の眼には、2本のイモホリボンの缶が映り込んでた。



「もしかしてまどかたち、今日ずっとそのイモ……サイダーさがしてたの?」
 章は自転車を引いて歩きながら質問する。
「ちがうよぉ、これは突然降って湧いたアクシデントな感じの捜索だよぉ」
「そうだったの?!」
「そうだよぉ、途中でね、本当にたまたま、はっちゃんがぁ、さっきの缶が入って捨てられてた紙袋を見つけてくれて、あっ!! これはもしかしてこのお店はイモホリボンを売ってるハイセンスなショップなのではっ!! とシナプスに電流が走ったんだよぉ!! ねっ、はっちゃん」
「テンナイ デハ ハンバイ シテ ナカッタデスケドネ」
「いや、でもすごいよぉ、さっきの自動販売機はぁ、えらんでる人がイモホリボンの真の価値をわかってるよぉ!!」
 円はイモホリボンの缶を手に1本1本合計2本、大事そうに持ちながら歩いてたが、それを片腕に寄せて抱えるとトートバッグの中からカメラを出す。
「今日は、これを撮りに行ってたんだよぉ」
「なにこれ」
「これはねぇ、ちょっと向こうの川のほうにあるちいさいほこらだよぉ、この前おしえてもらったんだぁ」
 カメラの画面を拡大してみせようとしてるが、うまく操作できないでいる円。
「……えっ、あー、これ?」
 じっくり画面を凝視したあとに章がゆびでそれらしきものを指さす。
「ちがうよぉ、あきちゃん、それはただの不法投棄な冷凍食品の空きダンボールだよっ!! もっと右奥の」
「わかんないよ」
「もっと右の、……はっちゃん、もッてて」
 円からイモホリボンの缶を受けとるI-836。
「これだよっ」
 円が指さした場所には、ダンボール箱くらいの大きさのぼろぼろで白っぽいほこらが写ってた。
「さっきのとほとんど変わらないじゃんか、撮るんならもっとキチンと撮れよ、これほこらに対しての背景がワイドスクリーンすぎて、なんだかわかんないよ」
「……うっ、あきちゃんも先輩とおなじことぉ」
 ちょっぴりおどおどモードになる円。
「だいったい……誰だか見当はつくけど、誰に言われたの」
「このまえ柳田先輩もまどかの撮った写真みてそう言ってたんだよぉっ」
「まどかは風景の情報をフルで入れようとするクセがあるんだよ、このうしろの木と、このダンボール箱うつさなくても構図とれるでしょ」
「えぇ〜っ、このダンボールゴミがあることでほこらが引き立つんだよぉ、――産業と信仰と」
「……フレーズだけはかっこいいな」
 I-836はぬるくならないように、イモホリボンの缶を冷やしながらわいわいと騒ぐふたりを見て微笑んでいた。




「買わなくていいって言った時点から、いらないっていってるでしょ」
「えぇぇぇ、あきちゃぁぁん、それじゃ気がとがめるよぉ」
 太陽のひかりに、もうだいぶ黄色っぽさが増えて来た時刻の頃、ふたりと1台は〔今野〕と書かれた表札のかかった門の前にたどりついていた。
 議題はすでに〔まどかヘボ写真〕ではなく、〔これはお礼のイモホリボンです〕へと移り変わっていた。
「とがめようが島流しだろうが、こっちは何ともないからっ。ほら、持って帰ってお兄さんにでもあげればいいでしょ」
「ええっ、あっ、兄上は外国産のもっと変な味のばっかりでイモホリボンは飲んでくれないんだょ、はいっ」
 もっと変な味の、というところに更なる不安を章は感じたが、イモホリボンの缶は、章の手から円の手、円の手から章の手、章の手からI-836の手へと行ったり来たり。
「あきちゃぁぁぁぁぁぁん、三流どころのサイダーとはわけが違うんだよっ、イモホリボンだよっ、そんじょそこらのマーケットでも遭遇できない……」
「1本うん万円もする品じゃあるまいしっ!! 次元が違いすぎるからなかなか販売されてないんだろっ!!」
「ディメンションが違ったらプシュと開けて飲めないよっ!! いいからいいからぁ、遭遇記念だもんっ! はい、どうぞどうぞっ」
 I-836から缶を受取って、それをそのまま、章のもとへまた渡す円。
 すると、章は一瞬考え込む表情をする。
「……わかったよ」
「ややっ。あきちゃぁん、やっと恭順な態度になったねぇ、うれしいよぉ、うれしいよぉ」
「そのかわり、この場で同次元のよろこびを味わってやる、まどか、いますぐあけろっ」
「えええぇぇぇっ!?」
「さぁ、プシュっとあけろ、正々堂々とあけろっ」
 円に向かってズイッとイモホリボンの缶を突き出す章。何度も前に後ろに後ろに前に、イモホリボンの缶はだいぶ揺れ動き続ける。
「さぁ、これでプシュっ!! お手をどうぞ」
「あきちゃん、おとなげないよぉぉぉ」
「まどかにそういう日本語は言われたくはないなっっ!!」
 章はそう言いながら足と自転車のハンドルをイライラじたばたさせた。



(2014.05.11 氷厘亭氷泉)