「あーあーあー」
悟徳学園の教室のうしろのほうで、町田花眠(まちだ かみん)が声を出してる。
民俗なわらべうたや、日本各地の民謡などなどを自分で編曲したり自分で歌ったりして遊んでるこの女子生徒の、透きとおってるようだが、どこかちょっと特徴のある妙なゆらぎのある声が、朝はやい教室の中をすーっととおりぬける。
その前の日の昼休み。
悟徳学園の庭に並んでる梅の木の下に坐って、町田花眠はいつものデジタルギター、藤澤桃里(ふじさわ ももり)はルーズリーフを手に持ってた。
「♪ぅーぅぅーぅぅぅーぅぅー」
「来週来週と思ってたらもう明日なんっすよ、花眠っちゃん!!」
桃里はルーズリーフに水性ペンでごじゃごじゃと雑な角度で線を書き込みながら少しあせった口調。
「♪ぅーぅぅぅーぅぅぅぅぅー」
花眠は小さくメロディーを、たどりたどり小さな音量で口から出している。
「しかし、あいつらも突然すぎるっすよね、半分いいけど半分よろしくないんで、作り直してたもーれ、なんて返事よこすんっすから」
「でも、梅唐ちゃんから頼まれるなんて面白いじゃん、桃里っちゃんもさぁ、もちろん歌うんでしょ? でしょ?」
花眠がデジタルギターの音色スイッチをぽちぽち押しながらそう言うと、桃里は少し困った眉をする。
「どうすかね……梅唐ちゃんはキャラがわかっててイイすけど他のメンバーまだあまり合同したことないっすし……」
梅唐ちゃんというのは、梅唐めろ(うめから めろ)という桃里や花眠の友人のひとりだ。通学先はココ・悟徳学園ではないが、桃里と一緒に海外の伝説や霊獣を描いた同人誌を以前つくったりして、仲も良い。
「えっ、桃里っちゃんもナイショで加入するんじゃなかったの、梅唐ちゃんの社中に」
「……花眠ちゃんのその〔社中〕って呼び方だと、お囃子の集団に入団みたいっすね」
「加入しちゃいなよ、加入しちゃいなよ、アイドルだよアイドル」
「歌うんなら、花眠ちゃんのほうが巧いじゃないすか!!」
「誰かとあわせて歌うのはだめー」
「あいかわらず、はぐれオオカミっすね」
会話をしつつも、おたがいに手先は別の作業をやっている桃里と花眠。
片方はデジタルギターをこちょこちょ鳴らしてメロディーを。
片方はルーズリーフに文字を書いてはどこかとどこかをつないでリリックを。
ふたりで作ってるのは、梅唐ちゃんたちがはじめるらしいアイドルグループ(?)のための歌である。
梅唐ちゃんの要請で、「ヤオヤオシチ1683」というタイトルだけをもらったが、前半部分をちょっとなおしてといわれたので、ふたりで必死に直してるのだった。
「2番の野菜の部分はあかかぶだと字数ちょっと足りないから……桃里っちゃん、出してっ何かだしてっ!!」
「ぐぐぐぐ……」
「緋(あか)いもんだよっ!!」
「ぐぐぐぐ……あかきゃべつ……」
「そいつはあんまり、徳川時代じゃないよっ!!」
「ぐぐぐぐ……さくらんぼぉぉっす!! さくらんぼう芳盛がいるっす!!」
傍証はあまり必要ないが、あわせて叫ぶところが桃里テンションである。
「おーっ!! でもそれに何かっ、あと3文字、飾って足してっ!!」
「ぐぐぐぐ……揺れるさくらんぼっっっっす!!」
「歌詞つながったーっ!!」
手直しの佳境に入ったふたりの叫びで、梅の木の枝も少しさららと揺れていた。
「カミンちゃぁぁぁぁん、なにしてんのぉ?」
もとに戻って、いつものように校門で日野風紀委員になにかと注意をされたあと廊下から教室へ入って来た今野円(こんの まどか)は、町田花眠にそう言いながら近づいた。
「あーあー、……あっ、今野ちゃん」
花眠は声を止めて、円に向かって顔を向ける。
「いつもながら、グッドなお声でごあいさつだねぇっ!! おはよぅカミンちゃん」
「いま、すんごいちょっと大変なんだよー」
「なにぃなにぃ? ねぇ、あきちゃぁぁぁぁぁん、カミンちゃんが困ってるんだってぇぇぇぇぇぇ」
「町田よりデカい声だしてるなよ、朝っぱらから……」
I-836といっしょに教室に入って来た口井章(くちい あき)はそう言いながら特に目もやらず自分の席に向かっていく。
すると、円はずざざざざと章に走り寄って、左うでの袖をくいくいと引っぱる。
「あきちゃゃゃゃぁぁん」
「やめろ、低級そでもぎ」
仕方なく円に袖をひっぱられながら花眠の席の近くについてゆくことに決める章。
円は章の左袖をぐぃんぐぃん引っぱって進む進む進む。
「低級そでもぎっ、ちから弱めろっ!! じきに衣替えだって言ってもなぁ……!」
「カミンちゃぁぁぁん、どうしたのっ、もう、五月びょう?」
円と章がやって来て、花眠はまたあらためて顔を持ち上げる。
「あ、口井ちゃんも……、実はさぁ、これ、音の出が悪くなっちゃったの」
花眠はそう言うと机の上にデンとのっかってた何だか横長の機械のオモテとウラをクルっとまわす。
「なんだか、はっちゃんのアンテナみたいなのがついてるねぇ」
「デスネ」
I-836も関心を示しながら横長の機械を眺めてる。
「あれっ町田、いつも使ってるデジタルギターじゃん、どしたの?」
章がそう訊くと、花眠は〔実はね――〕と言葉をつづけて解説をはじめた。
「なにをかくそうこのメカこそは 中学以来の拙者の愛機
春に秋にとかなでて来たが ちょうど今月下旬の今日に
突如だんまり決め込みはじめ 押しても引いても音色が出ない よッ」
「まちだっ! 八木節(やぎぶし)のリズムでしゃべるの停めろっ、朝のホームルーム前に祭りかっ!? この教室は祭りかっ!?」
「ぴーぴーぴーひゃらららーぁ」
「まどかも、天狗囃子(てんぐばやし)やるの止めろ」
「えっ、よく天狗だってわかったね、あきちゃん」
「天狗のストラップ振り回し過ぎなんだよっ!! ばればれっ!!」
そういうと、章は再び自分の席に向かって早足でずがずが進んで行ってしまった。
「えぇー、いいじゃーん、カミンちゃんのこの技すごいよぉ、即座に同じ音の数で並べられるんだよぉ」
「簡潔に、すっきり話せっ!!」
「もぉぉ、いいよーだ、このまどかがしっかりカミンちゃんのお悩み相談は受けますからねぇーっ、よしっ、がんばろう、はっちゃん!!」
「モウ モンダイ ニ ツイテハ イイ ミタイデスヨ」
円が振り返り戻ると、I-836がスッとそう言った。
いつの間にか花眠の机のそばには藤澤桃里(ふじさわ ももり)がおり、カチャカチャとデジタルギターのスイッチを動かしてた。
「これは、あれっすよ、電源スイッチの接触っすよ」
「桃里ちゃんすごいねぇぇぇぇ」
「ふたつきおきくらいに機械工学の雑誌が届くんで、それ読んで……なんとなくっすよ」
1限目の休み時間中にスイッチの感度を高めおえた桃里は、I-836にデジタルギターのネジをしめてもらってる。
「ツギ ノ ネジ ヲ ドウゾ」
「はい、あと1本っすね」
「はい、はっちゃん、これー」
I-836にネジを渡す円。I-836は指先から出してるドライバーのかたちのパーツをきゅぅんと回転させて、すっとネジをしめる。
「ハイ」
「でも、すごいよぉ、取扱説明ペーパーも何も無しでさぁ、ぱぱぱぱって!」
「取扱説明……まで言うんなら、書ってつづけろよっ」
「あははぁー、ギャグだよぉ、ギャグ」
笑ってすませるだけの円。
「別に大変じゃないだろ、ネジとって機械あけたときに写真撮って、どう戻すか記録してるし」
「えっ、あきちゃん、それって普通!? 普通!? 簡易常識テクニックなのっ!? さっき、桃里ちゃんがいきなり撮ってるの見て、まどかはエェェェェェっ!? てなったよ?!」
「簡易常識」
章はぶっつりと言い放つ。
「デキマシタ」
「さ、これで弾いてみろっす、電源スイッチの接触なおったはずっすよ!!」
「お、おいっす!!」
花眠がそーーーーっと電源スイッチをONの方向へスライドさせる。さっき、ぶかぶかだったスライドの感触は、しっかりカチッ、カチッと折り目ただしい感触に戻ってた。
「わ、すごいすごい、桃里っちゃん、団地のごみ集積所ではじめ拾って来たときよりスイッチしっかりしてるしてる!!」
よろこびすぎてる花眠。その様子を見て円もテンションがハイテンションになってくる。
「おぉぉ、すごいねぇ、すごいねぇ」
「カチカチ シスギデス」
「だよな」
I-836に対して章がそう言うと同時に、2限目始業のチャイムが鳴った。
「すごいねぇ、すごいねぇ、かちかちマウンテンを、こえるカチカチだねぇ!!」
「まどか、はやくそのテンションを消せ」
(2014.04.27 氷厘亭氷泉)