えんすけっ! 輝けるコケココー

 コケココー コケココー コケココー

 電子合成されたような音が悟徳学園の漫画研究部の部室内のどこかで鳴りひびいてる。
 しかし、その音は堂々と空気をふるわせて聴こえて来てはないようで、何かの中で鳴りひびいてるのか、音はくぐもってる。

 コケココー コケココー コケココー  

 その音がはっきりと聴こえたとき、革のかばんの中から携帯電話を取り出したのは藤澤桃里(ふじさわ ももり)だった。
 桃里はすぐにコケココーの音を止めて、何か操作をしていた。
「……なんでニワトリなのぅ?」
 操作を終え、携帯電話を机の上に置いた桃里の背後から声がした。
 振り返って見ると、おなじ漫画研究部の先輩・花園江真(はなぞの えま)が大きなふろしき包みを持ち上げながら立ってる。
「太陽ハ生物非生物ヲ孚育助長シマっす」
「答えになってないよ!! そのニワトリの音、なんか声が棒よみだし」
「これがいいんすよ江真さん、神代や古代の常世の長鳴きもイイすが、この合成音声の平板さは、素朴な中国大陸南部の呪術者たちの……」
「わかったわかった」
 江真はふろしき包みをしっかり両手でかかえると、半分あきれ顔で答える。
「こっちはキリのいいところまで描き終わったから帰るよ、最後、出るとき頼むね」
「えっ、さっき苦戦してた〔総勢300名の荒くれ血ぬれの山法師〕の場名、もう描ききったんすかっ!!」
「きってない」
「えっ」
「どうもね、いい感じの山法師のこしらえが――こう、ピピっと来ないんだよねえ」
「それだけ資料もって来てっすか」
 じーっとふろしき包みの大きさを眺める桃里。
 江真のふろしき包みには、写真の貼られたルーズリーフや本以外にも山法師たちが素絹の下に身につける胴丸を厚紙でつくった着付け見本などが入ってて、明らかに、きょう必要の授業の学用品より重たそうだし大きい。
「胴のつくりがさ……何かこう、キチンとハマったものが描けないんだよねえ、だから、また調べてから描くよぉ」
「じゃあ、まだひとりの僧兵も描いてないんすかっ!?」
「きってない、きってない、ひとりも描ききってない、はっはっは」
 そう笑いながら、江真はふろしき包みをかかえて部室を後にしていった。


 完璧な春シーズンの日が近づいて、日の出てる時間が延びたとはいっても、もうだいぶ日も傾いて、悟徳学園の庭の背の高い木が生えているあたりにはだいぶ濃い影が密集しだしてる。
 晩くまで練習をしてる運動部なども片付けなどを終え、そろそろ三々五々帰路につきはじめてる。
 江真と桃里は漫画研究会の中で描き込み(というより解説な書き込み)超過密の二大巨頭などうもこうもであるので、ほかの部員が帰ったあとでもズッと作業を残って続けてたりもする。
「あの腹当て、描くときはチョロっと上のほうが見えたりするくらいなのに……、大したもんすよ」
 桃里はひとりごとをつぶやきながら、三角定規をつかって下書き用の紙に線を引いていく。
 線を引いて出来上がったのは幅のまちまちな長方形がいくつも縦横に並んでる図形で、何やら矢印の生えてないフローチャートのようなもの。その長方形の内側に桃里は【怪しきミズチ】とか【踊るネズミ茸】とか【印度ヤシャ】とかいった走り書きのメモを、あるときは上から順に、またあるときはアトランダムに書きつけてく。
「……ヤシャはカレーたべるのぅ?」
 桃里の背後から、ふたたび声がした。
「帰ったんじゃないんすかっ!!」
「いや、忘れ物、忘れ物」
 江真はそう言ってコピー用紙の積んであるダンボールの中をごそごそ確認している。
「もう……びびって、芯、ぶっ欠いちまったっす」
 えんぴつの芯をゴゲゴゴゴゴゴゴゴと電動削り器にかけながら桃里がぼやく。
「おっ!! なんかすごいこと考え付いたよっ」
「なんすか、江真さん」
「その、電動鉛筆削り器みたいな感じの鬼を出してね……」
「うそーっ、江真さん、やめてくださいっ、そんな鬼一口バイオレンスすぎっすよ!! これ以上、山法師たちを血ぬられた展開にするのはやめて欲しいっすっ!!」
「……ちがいますねえ、ナギナタを口で砥いで援けてくれる鬼だよ」
 江真は声のトーンを変えず、ひとさし指をおくちに押し込む動作を示しながら、テンションの無駄アップした桃里を見てそう言った。
「――うっひょーっ、誤爆したっす」
「こう、刀鍛冶の火床っぽい形の鬼を……」
 もう江真の頭の中は刀鍛冶がぼうぼう燃やす炉の形状でいっぱいだ。
「ハッ!! 江真さんっ、忘れ物みつけたんすかっ!!」
「それは、とっくに見つけてる」
 江真は1枚だけ包みにしまい忘れてた資料のコピーをピラっと見せた。



「また時間ギリギリまで、ねばったっすね」
「だねぇ」
 結局、部室を使用できる時刻いっぱい、部室で作業+妄想をくりひろげてしまった江真と桃里はすっかり薄暗くなった中、校舎から出て来た。
 江真が駐輪場で自分のバイクに例のふろしき包みを搭載してるのを待ってると、今野円(こんの まどか)とI-836も同じく校舎から出てやって来た。
「あっ、桃里ちゃぁぁぁぁぁぁん」
「今野さん、いま帰りなんすか?」
「ソウデス」
「うん、今日はねぇ、折口先輩のしらべものをお手伝いしてたんだよぉ」
「あんたより、こっちの子のほうがよくノート調べてくれたわよね」
 ゆっくり歩いてた折口忍(おりぐち しのぶ)が追いついて来てつぶやきながら前を通過していく。
「せんぱぃぃぃぃぃ、はっちゃんのプロセッシングスピードと比べるのはひどいですよぉぉぉぉ!!」
「少しは燃料でもわけて呑ませておもらい。あんたの処理の遅いのは、ノートを読みすぎなのっ」
「だってぇ、先輩のノートおもしろいんですもんっ〜」
 円は、忍に向かってそう言いながら後を早足でついて行く。
「あれっ、まどかたちと忍ちゃんも今かえるの」
「そうみたいっす」
 桃里はバイクを駐輪場から出して来た江真の横に並んで円たちの後ろについて校門に向かって歩く。
「おい、まどか、忍ちゃんのノートどこがおもしろかったんだー」
「あっ、江真先輩っ、ときどきおもしろい絵が出て来て巧いんですよーっ」
 後ろから江真に声をかけられて後ろ振り返りながら答える円だが、足と心は早く忍を追いかけようとしてて、既に脳内のプロセッシングが若干混乱気味になって、うろうろしてる。
  「折口先輩って、どんなイラスト描くんすかっ、ジャンルはっ、ジャンルはっ」
 桃里も妙に興味を示して円に訊ねる。
「えっと……、えっ、ジャンル……?」
 円の処理はだんだんとおそくなっている。
「忍ちゃーん、何ノートに描いちゃってんのぉーーーーっ」
 江真は少し距離のあいた忍に向かって、わりと大きな声でインタビューする。
 もうこうなると、背後に「まどか」が何人もぞろぞろおだんごになってついて来てるようなもので、忍もぴたっと足を停めて振り向く。
「花園さん……、別にただのはしりがきですよ、あなたがたみたいなもんじゃございません」
 おっきな「まどか」状態になってる江真に向かっての答弁を済ませると、忍はまた歩みを進め、校門を出て曲がってしまった。
「サヨナラ」
「わぁぁ、せんぱいぃっ、おつかれさまでしたぁぁーーーー、またぁーーーーーーー」
 それを見たI-836と円もすぐに駈け出して校門をぬけ、うしろすがたの忍にあいさつをした。

「あーあ、折口先輩のノートのラクガキってどんなんっすかね、江真さんっ」
「まどかが言うとおり、忍ちゃんはあれでいて軽いタッチが巧いからねぇ。――聞き出そうよ」
 桃里と江真は校門のところで手を振っている円とI-836の隣に両サイドから山法師のような勢いで攻め込んだ。

「えっ? あぁ、さっきしゃべってた折口先輩のぉ?」
「なんのノートの手伝いしたの、まどか」
「オスイコ オシッコ オスイコ オシッコ」
「だよねぇ、はっちゃん。――先輩が河童のことについて色々メモしてたノートの中身を、伝承地別に並べたりしたんですよぉ」
 円は江真に向かってそう言うと、かばんの中から何かを取り出す。
「今野さん、なんすかっ、それは、……もしやっ!?」
「こういうのですよぉ」
「おっ、まどかスゴイぞぉ」
 円が取り出したのは、文字の下にいくつか円のひいたマーカーの線が入ってるが、正真正銘の、忍のノートの数ページをコピーしたものだった。
「どれどれどれ」
「あっ、江真さん、こっちにも見せてくださいっす」
 両サイドから攻めた陣形はここでしっぱいを呈したが、桃里は素早く江真のいるほうへまわって、その中身をみてみる。
「えっ、今野さん、なんすかっ、これは、……かなりっ、なんすかこれはっ!?」
「ねっ、おもしろいでしょぉぉ、先輩のノート」
 コピーにとられた忍のノートの文字が、キタナクテ・ヨミヅライのは別として、そこに描かれたのは、文字の描かれてない空白部分のあっちこっちに描かれてる横長の楕円形みたいなものに目のような、まるぽち、がふたつ描かれたもので、全部の右肩に「ぎうにく」という字が描かれていたものだった。
「――まどか、これが何なのか忍ちゃんに訊いたのか?」
 コピーの中の「ぎうにく」と描かれた楕円形の物体のひとつをゆびさして江真が訊く。
 それこそ、空白という空白に同じものがいっぱい描かれてたり、縦に幾つも連射されたりしてる。
「あ、そのいっぱい居るのはねぇ【あんたも知ってるでしょ『びぃふ』だよ、うすぎり】だって、おもしろぃでしょぉぉ、居すぎ! 居すぎ!」
「えぇ…………」
「あぁ…………」
 桃里と江真があまりの異能力紙面に絶句気味になっていると、また「コケココー コケココー」の音が響き出した。
「……そういえば、そのコケココーは何の時に鳴るのぅ……?」
「……これすか、全世界の色々な都市が夜明けを告げた時刻をおしえるんす……いまのはたぶん……モントリオールす」
「…………そぉ」 



(2014.03.16 氷厘亭氷泉)