えんすけっ! あかいクスリのあのコ

 休日の午後、公園のハシバミの木のかたわらでひとりの少女が坐っている。
 その手にはジェネレーションの違いのある旧い携帯ゲーム機。基盤からピコリコズドドドと小さい音が流れる。画面の中ではカクカクしたドット絵のキャラクターが、大きな木のうろの中でオークたちを剣で打ち倒すアクションを展開する。
 アクションを展開――といっても、動く絵のパターンは少ないので、ピッと動いて、パッと消えるくらい。
 少し攻略に手こずっているのか、だんだんとエナジーの目盛りが下がっていく。
「ノー、ノーっ、あかいクスリぃぃぃぃぃぃぃ」
 ピロティロロロロロ。
 エナジーの目盛りは回復して、またキャラクターがぴょんぴょん跳ね回って剣を振る。

 そのハシバミの木の前の道を今野円(こんの まどか)と桂和美(かつら かずみ)、そしてI-836がとおりかかる。
「ねぇ、和美ちゃ〜ん、ほらぁ、これ見てよ、これぇ」
「なんだ、ヒヨコかよ」
「ちがうよぉ、天狗のヒナだよぉ、天狗っ!!」
 円は、かばんにぶら下げてる鳥羽絵の天狗のぬいぐるみをぐいぐい和美に見せつける。割りと大きい。
「みかん色だし、どうみてもでっけぇヒヨコだゼ」
「天狗のヒナだってばぁぁぁぁ!! おおきいヒナ!!」
「テングテング!!」
 鳥羽絵にある、たまごからパカッと出て来た様子がデザインされてるぬいぐるみだが、鼻の大きいほうの天狗ではなく、鳥類な天狗なので、仕方がないと言えば仕方がない。
「しかしまぁ、これでいくつだよ、かばんにぶらさげてるやつらの総数は」
「えーとねぇ、このかばんの、さがり系統はね、ワン、ツー……ファイブ……」
 鳥羽絵の天狗のヒナ、鹿踊り、おふだセールスマン、お赤飯のおにぎりの食品サンプル、六ッ葉のクローバー……などなど、お赤飯をのぞき、マスコットになったものが円のかばんにはジャラリとさがってる。
「ソラマメ モ アリマス」
 I-836が右手をあげると、ひじの部品がパカッとひらき、中からズイっとそら豆の大きなマスコットが出て来る。
「うわっ、でけぇ!!」
「兄上がオーストラリア視察にいったときに買って来てくれたんだよぉ」
「さすがだゼ……、大陸……、しかも、ウールじゃ無ぇ……」
 木綿100%の生地で作られたそら豆マスコットの、ふかふか具合を味わう和美。
「はっちゃん、これが気にいっちゃったみたいで、体にハウスさせてるんだよぉ」
「……これ、どういう風に機械に入ってやがるんだ?」
「……わかんなぁい」
「……これ、どういう風に機械に入ってんだ?」
「メモリ アッシュク」



蘆舎蘆々

 ハシバミの木の下で携帯ゲーム機を動かしてた少女・蘆舎蘆々(あしや ろろ)は、ゲーム機を膝におろして前を向いていた。
「……なんて理想的なパーティー構成……」
 蘆々は、闇の色の増した眼で、2人と1台をジッと眺める。
「あの、活発なコなら確実にオークの群れも数行動で潰せる!!」
 円の目の前で、腕を上げ下げしている和美の俊敏な動きから、その鍛錬のあとを感じ取る蘆々。
「それにあっちのコ……あの、デカそら豆!! ……豆を召喚できる!!」
 もし、豆を召喚したところで一体全体どうするのかよくわからないが、よくわからないところに魔術の香りを想像する蘆々。
「そして、あれよ……」
 蘆々は円のほうに眼を向ける。
 円はガクッと右足を何も存在しない空間につっかけてバランスを崩して、肩からずるッとかばんを落っことしそうになってた。
「あのくるくるしたあたまのコ……パラメーターがメチャ低そうだけど、ジャミルダにはそっくり!!」
 蘆々のこころのつぶやき(半分くらい脳みそから口に流れ出てる)に出て来たジャミルダというのは、彼女のハマりつづけている『ジャミルダの神域』という大昔のアクションRPGに登場している主人公である。
「……あそこまでそっくりだとは……」
 蘆々はそうつぶやくと、携帯ゲーム機の電源を切り、徐々に前から遠ざかってく2人と1台の行く先を眼で追いかける。



「いいか、まどか、ジッと坐ってるんだゼ」
 そう言うと、和美は落ちていたツバキの葉っぱを拾い、キュっと指でぬぐうと空に向かって投げる。
「おぉぅ」
「スゴイ デスネ」
 I-836と円は荒削りな木で出来たベンチにおすわりして空を見ている和美を見ている。
 風がふわっと止んで、ツバキの葉っぱが線を引いて落ちてくると、和美は肩から上をうしろに反らして片足を素早く突き出した。
「わあぁぁぁぁぁ!!」
 突き出されたまま静止した和美の片足の上には、ツバキの葉っぱがキレイに乗っていた。
「ハヤイ デスネ」
「すごいねぇ、すごいねぇ、やっぱり和美ちゃんだねぇ」
 円とI-836は国家最大級の劇場にオペラ歌手がやって来た時ばりに盛大な拍手をしている。
「へっ、そんなに騒ぐもんじゃないゼ、ツバキの葉っぱってもんはハリがあるから狙いやす……おい、まどか」
「なぁに?」
「それ……」
「えっ?」
 立ち上がった円の片足の下には、とうもろこしのかわいい絵がプリントされた和美のトートバッグが横たわってた。明らかに中に入ってるブツに体重がふりかかっている。
「わぁぁぁぁぁぁ!! ごめんっ、和美ちゃんっっっ!!」
 急いでバッグの上から足をどかし、土ぼこりを払い落とそうと両手で持ち上げる円。
「あっ、待てっ、中に……」
 急いで手を差し延べよこした和美だったが、物理法則は無常なもので、中に入ってた紙パックの豆乳が中破。ジトッとした重みと湿気が円にも感覚として伝わる。
「はっちゃんっ!!」
「スグヤリマス」
 I-836が右手をあげると、ひじの部品がパカッとひらき、今度は中からズイっとそら豆の模様の入ったタオルが出て来る。
「あっ、はっちゃん、あのタオルもそこにしまってたのっ?!」 「カシテクダサイ」
 そう言うと、I-836は和美のトートバッグにサッとタオルを入れる。
「おぃおぃおぃ、なんだよっ!! その変てこな処置っ」
「だいじょうぶ、はっちゃんは頼れるすごい子だよぉ」
「そっか……?」
 しばらくすると、タオルをつっこんでるI-836の腕から、シューッ!! とか フバーッ!! といった音がしたが、やがてそのままタオルを引き抜いて、またそれをパカッとひらいたひじの部品の中へと格納した。
「ジョキン モ シマシタ」
「あっ、なんともなってない、すげぇ」
「よかったぁぁ、はっちゃん、ありがとぉ」
「イエ……」
「ほんと、さまさま、助かったゼ」
 和美は円の頭のてっぺんをやさしくコツンとしながらI-836に礼を言う。
「しぅぅぅぅぅ、和美ちゃん今日は図書館帰りとかじゃなくてよかったね」
「あたりめぇだゼ、もしノートとかなんかバナナ豆乳まみれにされたら、これじゃすまないゼ」
「えぇぇぇっ、和美ちゃんさっき買ったその豆乳、バナナ味だったの?」
「おぅ、そうだゼ…………あれっ」
「どうしたのぉ」
 和美がトートバッグの内部景色をのぞきこんで見ると、えんぴつが2本、コロンと入ってるだけ。
「おい、豆乳のパックも蒸し消してくれちまったのか?」
「アッ……スミマセン」
 I-836が再々度、ひじの部品をひらく。
 ザランザランパラッ。
 中から木の繊維のようなものと、大豆が何粒か出て来た。



「……あそこまで激烈に……」
 その日の夜、蘆舎蘆々は円のくるくるとした髪型を脳裡に浮かべながら『ジャミルダの神域』の説明書のイラストを眺めていた。
 人気がほとんど出ずじまいだった作品なので、外箱が無い状態で買った蘆々には、手元できちんと眺められる公式イラストなジャミルダ像は、説明書(単色印刷)のイラストぐらいしかないのだった。
「あんなに激烈にジャミルダヘアーをものにしてる人類が、まさか、いるとは思わなかった!!……」
 蘆々が本日の最強衝撃事実を頭の中で反芻しながら、自分の髪をくるくると巻き上げてみては、自分のその髪型とジャミルダの髪型との乖離に対して、眉間を狭くする。
「むむむ……、なんという……、むむむむむむ……」
時計が深夜に数字を近づけるのと同じ速度で、蘆々のエナジーの目盛りはだんだんと下がっていったのだった。


 いっぽう、たまたま偶然おんなじような髪型そして髪質だった稀なる人類・今野円は、風呂あがりの兄・英斗(えいと)に対して、たまたま偶然おんなじように、眉間を狭くしていた。
「兄上っっっ!!」
「あれっ、なんだよ、ハッピーじゃないな」
「兄上のは、それではないでしょぉぉぉ!!」
「えっ」
 寝間着すがたの英斗が髪を拭いてるタオルを円はガバッと山賊のように奪い取る。
「あれっまどかが『自分のぉ〜』って選んだのブロードビーンズのタオルじゃなかったか」
「ちがぅぅぅぅぅ!! そら豆は、はっちゃん!! まどかの選んだのは、こ・っ・ちぃぃ!!」
 円はそういうと、タオルの模様を英斗に向かって堂々と突き出した。
「あぁぁ、ほとんど丸くて似たようなデザインだからね、ごめんごめん」
「もぅぅぅ、兄上は道路交通情報とエアポートのある地名くらいしか正しく覚えてくれないんだからぁ! このエミューのヒナのタオルは……」
「テングテング!!」
「はっちゃん……!! いくらオーストラリアでも、アボリジニ天狗にはこんなシマシマ模様ないよぉ」


(2014.02.23 氷厘亭氷泉)