えんすけっ! 魚の骨プリンス

「えぇ〜、ななつの海を制覇してるイイ感じのネーミングだと自負してるんだよぉ」
「まどか、ぶッとびすぎだろ」
 ニコニコしている今野円(こんの まどか)に対して、口井章(くちい あき)はシャープペンシルのノックをがちがち鳴らして言った。
「えぇ〜、あきちゃんにはベストキャッチーな感じだと思うんだけどなぁ」
「そもそも、なんでそんな異常命名になるんだよ」
 章の机の上にひろげられたノートには、円によって【さかなのほねプリンス】という文字が書き込まれていた。

 一昨日の英語の時間『二人組をつくって英語の短いトークをせよ』(素材はジャパンの古い説話)という課題が出て、章は円と仕方なく二人組になった。今日の英語の時間は、それぞれの二人組が会話の内容を定める時間。

「かっこいいからぁ、これがイイよぉ〜、これにしようよぉ〜」
 円は、【さかなのほねプリンス】という文字のまわりにさらに、花丸、花丸、花丸をぐりぐりつけてゆく。
 筆圧が濃いっ、ノートの他のページが死ぬ!! と感じた章は、咄嗟に下敷きをねじ込んでその筆圧を阻止しようとする。
「だいたい、なんで発表のときにコンビ名をつけさせるんだよ、まったく……」
「えっ、いいじゃぁん、チーム名だよっチーム名っ」
「別に、いらないよ」
「あきちゃんはクールだねぇ、――桃里ちゃんなんて、すごいチーム名つけたみたいだよぉ」
「ももり……ああ、藤澤ぁ?」
 そうつぶやくと、章はふたつとなりの列に坐ってる藤澤桃里(ふじさわ ももり)の後ろ姿をチラっと見た。
「なんで、まどかそんなこと盗聴してるんだよ」
「とうちょお? まどかはバグしてなんかないよぉ、ひどいなぁあきちゃん、テレビジョンの犯罪番組の見すぎだよぉ」
「あんな低級なもの見ないよ」
「……でねぇ、今朝、しゃべってるのをこっそり聞いたところによるとねぇ、桃里ちゃんのチーム名はねぇ」
 急に小声になって、章の耳もとでささやく円。
「……ミナレト・スメルチ……っていうチーム名をつけたみたいだよぉ」
「なんで英語の授業にやるコンビ名に、イスラム&ロシアな雰囲気の名前つけてんだあやつは」
「えっ!! 英語じゃないのっ?!」
 円は小声のまま、そのまま、また耳元でさけぶ。
「やめっ――」
 円の肩をてのひらで押し下げて払う章。
「――ミナレトとかミナレットってのは、あっちのほうで寺院とかにある塔のことっ」
「えっ、五重塔みたいなぁ?」
「……そうか、あっちのチームは何か寺のもので発表やるんだな」
 ミナレト・スメルチ、すなわち、死の塔。
 章の顔がすこし考えごとフェイスにかわる。具体的にいうと、眉毛があがって左の目の玉がピュッと右向け右をする。左脳にエンジンがかかってるわけである。


「ふぇぇぇぇん、せっかくまどかが訳して来たのになんで、やる話変えちゃうのぉぉぉぉぉぉぉ」
「かえる」
 章は辞書をときどき見ながら、ノートにすいすいとアルファベットの会話文台本をつくっていく。
 二人組をつくったとき円と章は、山爺が蜘蛛に化けて仕返しに来るはなし(夜の蜘蛛は殺せという俗信の解説になってる昔話)を英訳しようと決めて、この日までに英文もだいたい作り終えてたが、いまさっき、口井章の決定によってこれを取りやめて、全然別の素材を取り扱うことになった。
「マウンテンジジイが出せないじゃぁぁぁぁぁぁぁぁん」
 却下された英文の中に登場する、ハンターに向かってシャウトをする山爺の復帰を激しく推す円。
「こんのまどかが怪奇なコンビ名をつけたせい!」
「だって、いいじゃぁぁぁん、魚の骨プリンス!!」
「だから、なんでそんな変なコンビ名なんだよっ!! きちんと理由をていねいに言えっ!!」
「それは、あきちゃんがぁ――――」
「なんなの」
「調理実習のときつくったぁ、さばのみそ煮の骨を、ナイス綺麗に取りのけて食べてたからっ!!」
 章は、あまりのくだらなさに血圧があがるどころか急激にさがった。
 確かに、調理実習のときに章はクラス内で、〔魚の下ごしらえ〕と食べるときの〔骨の取りのけ〕の手際が、トップクラスで良かった。
「……そりゃ、まどかのあの、魚との最終戦争みたいな格闘っぷりにくらべたら……」
 と、口に出そうとしたが、章はそれをおしとどめて英文にピリオドをつけた。

「さ、出来たぞ、こっちをやろ」
 章は、ノートにつづった英会話の文を円に見せる。
「マウンテイジジイぃぃ……」
 円はゆっくりと英会話の中身を読んでゆく。章が新しく選んだ題材は、『宇治拾遺物語』にある、ゆめのお告げを守らずになまずを食べて骨をのどに刺さらせて死んじゃうはなし。
「ほら、なまずの骨のはなしなら、その怪奇コンビ名にそぐってるだろ」
「うぅぅ、確かにぃぃ、あきちゃんてばデスエンディングになる話に強すぎだよぉぉぉぉぉ、――でも、ここ動詞の活用が違うよぉぉぉぉぉぉぉぉ、文法デストロォォォォイ」
「なにっ!!」



 そして翌週。英語の会話発表をする日の朝。
 天気予報が少しはずれて、ここちよい日差しがさす中、いつものように口井章は今野円を迎えに来ていた。
「オマタセシマシタ」
 門の前に章が立っていると、先に玄関からI-836が出て来た。
「おはよぉ、あきちゃぁぁん、ごめぇぇん」
 円は頭の上に、ぼぇんと巻き上がった髪の寝ぐせをぽんぽん押さえながら、I-836のあとにつづいて出て来た。
「ソレ フクシャ デスカ」
「ん? ああ、そうだよ。ほらっ、まどかっ、ペンで色分けしておいたから」
 章が、ノートのコピーを手渡す。
「あれぇ、この前もらったコピーでちゃんと英語はおぼえたよぉ」
「それはそれでいいよ、こっちは多少……ニュアンスというか、会話するときの……うん。だよ」
 円は、よくわからなかったので取りあえず色ペンで書き込まれてる内容をチラっと一箇所見てみた。
「【●→まどか もだえ苦しみがら】――えぇぇぇぇぇぇっっ!!」
「だって、骨が刺さる場面だろ、ここは、迫真の英語で。うん」
「こっちが、まどかなのぉぉぉぉぉ?」
「まどかのほうが、文法も発音もデストロォーイしてないでしょ」
 章はニカッとほほえむ。
「えぇぇぇぇ〜、まどかはぁ、夢でお告げするキャットフィッシュのほうだと思ってたよぉ、ねぇ、はっちゃんっ」
「……デスカ デスネ」
 I-836も、こくこくと首をたてにふる。
「だから、せっかくシャモジで作ったのにぃぃぃ」
 章は特に気づいてなかったが、シャモジに紙で出来た目の玉とヒゲ・ヒレの貼ってあるなまずをI-836が持っていた。
「まぁ……、じゃ、このシャモジ生命体はこちらが使用いたします」
「あぁっ、気をつけて持ってよぉぉっ、一生懸命つくったんだからぁぁ」
「いい出来、いい出来……あっ、もう少しちゃんと貼らないとヒレが取れちゃいそうだぞ」
 よくみると、片方のヒレをとめてるテープがピラピラッと少し取れかかってる。
「わぁぁ、あきちゃぁぁぁん、キャットフィッシュさばかないでよぉっ、もぉっ」
「……さばかないよ、すでに刺身の厚さだろ」
 円はカバンからカタツムリのかたちをした小さいテープを出して、あたふたと補強する。
「そういえば、あの怪奇なコンビ名、【魚の骨】ってのは先週きいたけど、うしろのプリンスってのはどうしてなんだ、まどか」
「えっ」
「むかしの王様がお刺身を川に戻して投げたら魚に戻ったりしたとかいうやつ?」
「違うよぉ、それだったらエンペラーになるよぉ。あれは……」
「げっ……どっちにしろ怪奇すぎる」
「あのチーム名はね、あきちゃんとまどかのぉ」
「また、その耳うちするのやめろ、まどか」
「ふたりのふとももがぁ、作って次の日の朝の煮魚の、煮こごりみたいにぷりんぷりんだから」
 章の血圧は怒涛のごとく急激にあがって、スカートと靴下のあいだにあるふともものピンク色が増した。
「どこアピールだよっ、まどか……」


(2014.02.16 氷厘亭氷泉)