えんすけっ! 三人のしのび

 それなりに車通りの激しい道路に面した店がまえに駐車場ひろめ。
 よくある郊外っぽいたたずまいのそのコンビニエンスストア「マンニョー」の前に、今野円(こんの まどか)と口井章(くちい あき)と牧田スガ(まきた すが)そして、I-836が通りかかった。
「ここにも、あるねー、売ってるねー」
「えっ、何がぁ? スガリン」
「まどか……何がぁ? とか聞くまでもないでしょ、あれでしょ、あれ」
 章は、店のガラス窓に貼ってある『今年も恵方でばっちり!! ごくぶとエビ海苔ロールケーキ♪』のポスターを指差して眉間にまゆげを寄せた。ポスターの写真には立派な伊勢エビのような色に染められたロールケーキの上に、砂糖菓子で作られたまるっこいエビのキャラクター(胴が海苔で巻いてある)の乗った奇妙な写真が燦然とひかっている。
「あの恵方巻の真似したロールケーキでしょ、輪を掛けてヒドイな」
 章は吐き捨てるように言う。
「こんなの売ってるんだぁ、真っ赤だねぇー」
「おととしくらいから、マンニョーだと売ってるよ、まどかちゃん知らなかったの」
「ぜぇんぜん〜」
「まどかの家は、コンビニなんかでもの買わないものね」
「えっ、じゃあまどかちゃんの家って豆まきの日になに食べるの?」
「節分のときは豆ごはんとぉ、まるぼしいわし食べるよぉ」
「なんか、むかし給食でそんな組み合わせ出た気がする」
 円の家の食膳を想像して、スガの空腹メーターは4あがった。
「まどか家は、商人のさかしらに付き合って虚飾に満ちた行事食は買わないってことね」
「わぁ、あきちゃん、インテリジェンスな言い回しだねぇ、すごいねぇ、でもあのエビちゃんは逆立ちしてないよぉ」
「キチント スワッテマス」
 円とI-836は、さっきのごくぶとエビ海苔ロールケーキのポスター写真のエビをゆび差した。
「……まどか、"さかしら" ってのはそういう事じゃないよ」
「"おかしら"が"さかさま"なのかと思った……」
 スガが入りまじってボケる。
「スガリンは脳内の舟盛りを早く消せ」
 章は円・スガのコンビの相手をそう言って中断すると、つかつかコンビニエンスストア「マンニョー」の中に入っていった。
「あっ、あきちゃぁぁぁぁぁん」

 残りの三人が追いかけて店内に入ると、章はコピー機の前に立ってバッグの中から古めいた分厚い本を取り出し、コピーをはじめようとしてた。
「スガリンほど空腹メーターは高まってません、知性の空腹、知性の空腹」
「あきちゃん、ひどいよぉ、スガリンだってそういう言い方されたらぁ〜」
 円はそう言っているが、スガは既にレジで中華まんをひとつお買い上げになっておられる。
「なに? スガリンのおなかのむしが黙っちゃいないでしょ、とか言うの?」
 章は顔色を1目盛りも変えず、コピーする紙の大きさをもくもくと選んでいた。
「うわぁぁぁぁん、スガリン、はやわざだよぉ、捷疾鬼みたいだよぉ」
「あきちゃんは何コピーしてるの?」
 中華まんをほふほふと持ちながらスガが章の真横に来る。ふんわりおいしそうなにおいがする。
「九州のほうの郷土料理を解説してるおもしろい文があったから、それ」
 ピッピッとコピースタートのボタンを押しながら章は答えるが、いつの間にか円とスガは後ろと横に居ない。

「イモホリボン? 知らない」
「えぇぇぇ、スガリンはあのエビちゃんのロールケーキまで知ってたのに、イモホリボン知らないのぉ?」
「だって、その……ナントカボンって売ってるの見たことないもの」
 円は、あまりにも店頭で売ってないために知名度が限りなく世間でゼロに近いサイダー「イモホリボン」について、飲み物のケースの前で力説していた。
「えぇぇぇぇぇ、この前さ、あったよ、自動販売機にっ、ね、はっちゃん!!」
「タシカニ カクニン サレマシタ」
 I-836はスガに向かって頭をコクンとうなずかせながら言った。
「ふーん、でもね、まどかちゃん、いま私はこの気分なのだよー」
 乳酸菌な感じの飲み物のペットボトルを手に取って、スガはそのまま、またレジに行く。
 章もまた、コピー機から本を出し、自動ドアのほうに向かって歩き出す。
「あぁぁゎぁ、待ってよぉ、あきちゃぁぁぁぁぁん、スガリィィィィィィン」



牛島績美葱耜月世

 スガがレジを終えて3人+1台がコンビニから出て行ってから3分後、コンビニエンスストア「マンニョー」の前には別の3人が入れ替わりにやって来た。3人とも悟徳学園とは別の制服――解人高校の制服――に身を包んで、おなじ模様の小さいバッグを手に提げている。
「へッしょーーーーーーーイ!!」
 三人の中で一番背の大きい少女――葱耜月世(ねぶすき つきよ)が大きいくしゃみをした。
「げっ、やめろよネブ!! わての超絶大切なおすいこ様が、けがれるだろっ!!」
「ネブ、風邪ひいちゃったの?」
 いっしょに歩いてた二人が同時にしゃべりかける。
「いヤーごメんねごメんね、昨日おふろデね……」
 月世は少し独特ななイントネーションで応えながら、ティッシュで鼻をぶふっしョとかむ。
「おふろ? なんだ、かんぷう摩擦でもこころみたのか? ん?」
「やだー、みずっちってば、また "かんぷう" って言ってる、か・ん・ぷ・まさつでしょ、寒風じゃないよ、あははは」
 腕をごしごしこするようなしぐさをして月世の前に躍り出たみずっち――赤柴水矢(あかしば みずや)に対して、牛島績美(うしじま うみ)は、笑いながら突っ込んだ。
「ちガいますよ、牛ちゃんみタいに、大きいおバストになリたイとこころざして、おふろで体操をしスぎたのですヨ」
 そう言いながら月世は、豊かなる績美のおバストにおタッチした。
「ひゃ、やっやめてよ、ネブ」
「そうだぞネブ、さっき鼻かんだばかりのそんな手で、こいつの高貴な胸に触るな、ばいきんでさらに大きくなったらどうする!!」
「やめてよ、みずっち、あはは…………、あっ!」
 月世と水矢を払いのけながら、ぐるりと一回転した績美は、何かに気づいたように声を上げた。
「どうした?」
「ねえねえ、みずっち、ネブ、ここアレ済ませていけば、いいんじゃない?」
「ナにを?」
「さすがネブ、大きな図体して心臓から大脳がわてより遠距離なだけあるな、察しが遅いぞ」
 水矢はそう言うと、おすいこ様の模様がプリントされた小さいバッグから青い表紙の手帳をシャッと出す。
「おォ……、アぁ……、あっ、わカったヨ!! ごメんごメん」
 月世も察しがようやく大脳に達したようで、自分の持ってる同じ模様のおすいこ様バッグから青い表紙の手帳をシャッと出す。
 牛島績美、赤柴水矢、葱耜月世、この三人はスジガネ入りの "折口忍ふぁん" ……というより "まにあ"、で、忍が悟徳学園に入学して通学する高校が変わってしまうまで、績美は小学校のとき、水矢は中学のときから、折口忍と同じ学校に通ってた同級生同士でもあった。

「よしっ、あいてるあいてる!! まずは牛ちゃんからだ」
 水矢はコンビニエンスストア「マンニョー」のコピー機のふたをガハっと開けて、績美のおすいこ様バッグの中からも青い手帳をふんだくり、ページをひらく。
「えっとね……、私が新しくメモしたのは、その……そうそう、うしろから3枚目のところ」
「ここかっ、よしっネブ!! ふたしっかり押さえるんだっ」
「ヴィーーーーーィん」
 お母さんがロシア人の葱耜月世の口から出されるコピー機の効果音は、若干ロシアなまりの音だった。
「忍さま、先月はなんだか変なマスクつけてるコからおすいこグッズをもらってたんだよっ」
「なにぃっ?! 何者だ!? わてが忍さまを視察してる時にそんな接触者みたことないぞッ、もっと詳しく教えろ、牛っ!!」
「こイつですかぁ、余も見タためシ無し」
 2部コピーされた『牛島績美ver. 忍さまめも』のページには、績美のスケッチした〔黒いマスクにベレー帽のナゾの少女〕の特徴などがしっかりした筆跡の文字で書かれていた。
 完全にメモの内容が変態のレベルである。
「みずっちは手帳に何ふやしたの?」
「わては、中学のころに忍さまと交換した消しゴムの種類の一覧をまとめてみた」
「――消しゴム? どコの会社のもノだったかとか、ソんなこと表にしタの?」
「ネブ、そんなのゼロ意味だろっ!! 違うよ、ほら菓子とか獣とかの形の消しゴム、1年のころに交換したりしただろッ!!」
「えっ、あのときの消しゴム? あはははは、みずっち、あの頃のやつ全部まだ持ってたの?」
「どうだ〜、きもちわるいだろう。勝ったな」
 コピーしながら、ショートカットの髪をるんるんと振る水矢。
「きモち悪ィ」
「……そう直球で言われると良い気分しないぞ、ネブ。ほらっ、おまえの『めも』も早く分けるべきだ」
「そうデす、余は、これです」
 コピー機からヴィーンと2部出て来た『葱耜月世ver. 忍さまめも』のページには、のろのろっとした筆跡でキリル文字が8行ぐらいのたくってた。
「こらっネブ!! 前の手帳内容交換会で、これやめろって言っただろっ!! みずっち様とお胸様はKGB所属スパイじゃないぞっ!!!」
 績美が大笑いしてる横で水矢が怒鳴りつけると、月世は「おォ……」と両手を上に向けて肩をすぼめてそっぽを向く。

「……アれっ、なんか変な子が、いまスよ〜!!」
 そっぽを向いた月世が何かに気が付いたのか、テンションを大幅にあげてレジの方に走っていった。
「突如なんだよネブっ、おいっ!!」
「あぁ、それってあれでしょう、太巻きみたいにロールケーキ食べようってやつでしょ」
 月世がゆび差す『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の見本展示品を見て績美が答える。
「こノ、こノ、上に載っテる黒い怪物は何でス、何でス、良イ!!」
「わてには、放心した顔のエビにしか見えないぞ」
「このロールケーキ、砂糖菓子のエビに海苔なんか巻かないで、直接えび天のせてくれたら買うんだけどなー」
「牛ちゃん……天ぷら中毒だからって、いくらなんでもロールケーキとえび天は同時に食べたら爆死だろ」
「いやいやいやッ、食べるときは別々ですから、ロールケーキはただのデザートですから」
「牛ちゃん、言動にただよう毒性つよいよ、さすが毒乳」
「忍さまの真似してそういう呼び方生み出すのやめてよ、みずっち、もーーー」
 績美と水矢は『めも』のコピーを交換しあいながら、おすいこ様バッグに手帳と共に丁寧におさめる。
「余は購入しマした」
 気が付くと、月世は箱入りの『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の入ったビニール袋とそのレシートを持っていた。
「うわっ!!」
「買ってる!!」


 その日、つまりは節分の夜、赤柴水矢と牛島績美は葱耜月世からとどいた写真つきのメールを見て、瞬時に「なんだこれっ!!」の返信をした。
 メールの題名は「儀式完璧でシた、エビ。サヨナラ」、写真に写っていたのは十字路とおぼしいアスファルトの上に、べちゃーーーーーーーーっと墜落させられた『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の無残なすがたと、ピースをキメた月世の顔だった。
「行事の内容間違ってるぞ!! ネブ!!」


(2014.02.01 氷厘亭氷泉)