残りの三人が追いかけて店内に入ると、章はコピー機の前に立ってバッグの中から古めいた分厚い本を取り出し、コピーをはじめようとしてた。
「スガリンほど空腹メーターは高まってません、知性の空腹、知性の空腹」
「あきちゃん、ひどいよぉ、スガリンだってそういう言い方されたらぁ〜」
円はそう言っているが、スガは既にレジで中華まんをひとつお買い上げになっておられる。
「なに? スガリンのおなかのむしが黙っちゃいないでしょ、とか言うの?」
章は顔色を1目盛りも変えず、コピーする紙の大きさをもくもくと選んでいた。
「うわぁぁぁぁん、スガリン、はやわざだよぉ、捷疾鬼みたいだよぉ」
「あきちゃんは何コピーしてるの?」
中華まんをほふほふと持ちながらスガが章の真横に来る。ふんわりおいしそうなにおいがする。
「九州のほうの郷土料理を解説してるおもしろい文があったから、それ」
ピッピッとコピースタートのボタンを押しながら章は答えるが、いつの間にか円とスガは後ろと横に居ない。
「イモホリボン? 知らない」
「えぇぇぇ、スガリンはあのエビちゃんのロールケーキまで知ってたのに、イモホリボン知らないのぉ?」
「だって、その……ナントカボンって売ってるの見たことないもの」
円は、あまりにも店頭で売ってないために知名度が限りなく世間でゼロに近いサイダー「イモホリボン」について、飲み物のケースの前で力説していた。
「えぇぇぇぇぇ、この前さ、あったよ、自動販売機にっ、ね、はっちゃん!!」
「タシカニ カクニン サレマシタ」
I-836はスガに向かって頭をコクンとうなずかせながら言った。
「ふーん、でもね、まどかちゃん、いま私はこの気分なのだよー」
乳酸菌な感じの飲み物のペットボトルを手に取って、スガはそのまま、またレジに行く。
章もまた、コピー機から本を出し、自動ドアのほうに向かって歩き出す。
「あぁぁゎぁ、待ってよぉ、あきちゃぁぁぁぁぁん、スガリィィィィィィン」
「よしっ、あいてるあいてる!! まずは牛ちゃんからだ」
水矢はコンビニエンスストア「マンニョー」のコピー機のふたをガハっと開けて、績美のおすいこ様バッグの中からも青い手帳をふんだくり、ページをひらく。
「えっとね……、私が新しくメモしたのは、その……そうそう、うしろから3枚目のところ」
「ここかっ、よしっネブ!! ふたしっかり押さえるんだっ」
「ヴィーーーーーィん」
お母さんがロシア人の葱耜月世の口から出されるコピー機の効果音は、若干ロシアなまりの音だった。
「忍さま、先月はなんだか変なマスクつけてるコからおすいこグッズをもらってたんだよっ」
「なにぃっ?! 何者だ!? わてが忍さまを視察してる時にそんな接触者みたことないぞッ、もっと詳しく教えろ、牛っ!!」
「こイつですかぁ、余も見タためシ無し」
2部コピーされた『牛島績美ver. 忍さまめも』のページには、績美のスケッチした〔黒いマスクにベレー帽のナゾの少女〕の特徴などがしっかりした筆跡の文字で書かれていた。
完全にメモの内容が変態のレベルである。
「みずっちは手帳に何ふやしたの?」
「わては、中学のころに忍さまと交換した消しゴムの種類の一覧をまとめてみた」
「――消しゴム? どコの会社のもノだったかとか、ソんなこと表にしタの?」
「ネブ、そんなのゼロ意味だろっ!! 違うよ、ほら菓子とか獣とかの形の消しゴム、1年のころに交換したりしただろッ!!」
「えっ、あのときの消しゴム? あはははは、みずっち、あの頃のやつ全部まだ持ってたの?」
「どうだ〜、きもちわるいだろう。勝ったな」
コピーしながら、ショートカットの髪をるんるんと振る水矢。
「きモち悪ィ」
「……そう直球で言われると良い気分しないぞ、ネブ。ほらっ、おまえの『めも』も早く分けるべきだ」
「そうデす、余は、これです」
コピー機からヴィーンと2部出て来た『葱耜月世ver. 忍さまめも』のページには、のろのろっとした筆跡でキリル文字が8行ぐらいのたくってた。
「こらっネブ!! 前の手帳内容交換会で、これやめろって言っただろっ!! みずっち様とお胸様はKGB所属スパイじゃないぞっ!!!」
績美が大笑いしてる横で水矢が怒鳴りつけると、月世は「おォ……」と両手を上に向けて肩をすぼめてそっぽを向く。
「……アれっ、なんか変な子が、いまスよ〜!!」
そっぽを向いた月世が何かに気が付いたのか、テンションを大幅にあげてレジの方に走っていった。
「突如なんだよネブっ、おいっ!!」
「あぁ、それってあれでしょう、太巻きみたいにロールケーキ食べようってやつでしょ」
月世がゆび差す『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の見本展示品を見て績美が答える。
「こノ、こノ、上に載っテる黒い怪物は何でス、何でス、良イ!!」
「わてには、放心した顔のエビにしか見えないぞ」
「このロールケーキ、砂糖菓子のエビに海苔なんか巻かないで、直接えび天のせてくれたら買うんだけどなー」
「牛ちゃん……天ぷら中毒だからって、いくらなんでもロールケーキとえび天は同時に食べたら爆死だろ」
「いやいやいやッ、食べるときは別々ですから、ロールケーキはただのデザートですから」
「牛ちゃん、言動にただよう毒性つよいよ、さすが毒乳」
「忍さまの真似してそういう呼び方生み出すのやめてよ、みずっち、もーーー」
績美と水矢は『めも』のコピーを交換しあいながら、おすいこ様バッグに手帳と共に丁寧におさめる。
「余は購入しマした」
気が付くと、月世は箱入りの『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の入ったビニール袋とそのレシートを持っていた。
「うわっ!!」
「買ってる!!」
その日、つまりは節分の夜、赤柴水矢と牛島績美は葱耜月世からとどいた写真つきのメールを見て、瞬時に「なんだこれっ!!」の返信をした。
メールの題名は「儀式完璧でシた、エビ。サヨナラ」、写真に写っていたのは十字路とおぼしいアスファルトの上に、べちゃーーーーーーーーっと墜落させられた『ごくぶとエビ海苔ロールケーキ』の無残なすがたと、ピースをキメた月世の顔だった。
「行事の内容間違ってるぞ!! ネブ!!」
(2014.02.01 氷厘亭氷泉)