えんすけっ! どんどんの野望

渡部そで

「あ            き  ょ う  は 祝      日   か」
 今朝、渡部そで(わたなべ そで)は、いつものようにゆっくりつぶやいたあと、文房具屋へ消しゴムと小さいノートを買いに行った。
 国道を横断歩道でわたってすぐのところに文房具屋はあって、目的地にはあっという間に着く。
 消しゴムも、いつも買ってる小さいノートも、レジの前にある小さい机の上にいつも並んでるので、用事も最短距離で済む。
 ここまでの行動すべての秒数を合計しても、今朝「あ、今日は祝日か」とつぶいやいてた秒数のほうが長かった……かも知れない。


 渡部そでが文房具屋を出たのと入れ違いに店内に入っていったのが、円(まどか)とI-836だった。
「あーぁぁぁ、だめだよぉ、そっちじゃなくて、あっちだよぉ」
「ソウデスカ」
 円は、軽やかな足取り(スキップのようでスキップになってない)で店の奥のほうに向かっていく。
「ほらぁ、ここなら売ってたよぉ、よかったよかった」
「オボエタ。コレデ ジュンビ カノウ デスネ」
「いくつくらい買おうかぁ? ひとつで足りるかなぁ」
「ゼンブデ ワカラナイ ワカラナイ」
「えっ、ここに並んでるのぜんぶぅ?」
「ワカラナイ オオスギル」
 円とI-836は、ふくろ入りの半紙のたばを見ながら、脳みその動きを加速させている。
「20枚入りとぉ、100枚入りぃ……ん〜、20って、もしかしたらギリギリ足りないかもしれないしぃ……、でもぉ100って、どう考えても余り過ぎる予感がするよねぇ、はっちゃん」
「100セン アヤウカラズ 100セン アヤウカラズ」
「そういうもんかなぁ……。あっ、じゃあさぁ、よく売れてるほうの半紙を買おうよぉ」
「ウレテル ハンシ?」
「よく売れてるってことはそっちのパックのほうが、使い勝手が良いって証拠だよぉ」
「シンライ デキル データ デスカ?」
「そうだょ、きっと信頼できるよぉ」
「デハ、シラベマス」
 そういうと、I-836は眉を少し真ん中に寄せて眼をほそめると、ピッと半紙のたばの形状とバーコードを瞬時にスキャニングして、あたまのアンテナを通じてドチラのほうが半径100km以内で購入されてるかを算出しだした。
「すごいねぇ、すごいねぇ、計算をそんなに出来るなんてエジプトとかアンデスとかの日を知る人・ひじりさまみたいだよぉ」
「データヲ カクニンシマシタ」
 アンテナをぷにゅるるるっと振るわせて、I-836が言う。
「わぁい」
「ジャ コッチ」
「よしっ!! 決まったね! 決まったね!! ジャッジだね!!」
 円は、I-836が手にとった20枚入りの半紙を受け取るとレジへ駈けていった。


「ただいまだよぉー」
 玄関を入ると、円とI-836はそのまま廊下を駈け進んで八畳の和室に入っていった。
 紙袋から20枚入りの半紙のたばをしゅるりと引っぱり出すと、朝から座卓の上に用意して置いた小中学校のときの習字セットをパチリと開けた。
「あっ!!!! はっちゃん、すぐにお水だよ、お水」
「ミズナラアリマス」
 I-836はそういうとすずりの中に水をポチチッとそそいだ。
「やたぁ、すごいなぁ、これって本物なの?」
「ホンミズ デス」
 すずりからはずれて座卓にいくつも落ちた水のたまを、指先でつんつんする円。
 どういう構造で水を出してるのかはよくわからない。I-836の持つ機能はなかなかのナゾ・テクノロジーである。
「何してるんだ」
 機関車のように廊下を駈け抜けていった音に気づいたのか、今野英斗(こんの えいと)は座卓の上にのったすずり箱に顔を大接近させてしゃべってるふたりを見てそう言った。
「えっ、兄上、これはそのぉ……カキフタタビだよぉ」
「また何かはじめたな」
 あわてて座卓の上の水滴をゆびでぬぐってる円を見ながら、英斗のくちもとは少し笑ってる。
「書き初めは……、ほらぁ、やったでしょお」
 まだゆびで水滴をぬぐってる円。
「あぁ、先週次官に贈るお祝いの熨斗紙の字を書いてるとき、脇でまどかも何か書いてたね」
「そう、それだよぉ、でもねぇ、それは学校に置いて来ちゃって、今ないからね、それで、わあっ、はっちゃんもういいよぉ」
「ホンミズ テイシシマス」
 キュッと音をたてて、I-836はすずりへの水はりを止める。
「で、カキフライと書初めがどうしたの」
「うわぁ兄上ちがうよ。カキフタタビだよぉ、カキゾメの第2シーズンだから、フタタビだよ」
「そういうことか、習字するなら新聞紙ちゃんとシートしてからね」
「あっ、はぁぃ」
 英斗はそう言うと、ふすまを引き寄せて居間のほうへ戻っていった。
「ニュースナラ アリマス」
「わぁ、はっちゃん新聞紙も出せるのっ? どこからっどこからぁ?」
 わくわく顔をする円。
 I-836は、またアンテナをぷにゅるるるっと振るわせると、耳からほそーく巻紙のようになった新聞紙をプリントアウトした。
「なんだか自動販売のおみくじみたいだねぇ」
「ハヤク ヒロゲテ シキマショウ」


 ガラス戸ごしの太陽のひかりは、部屋の中では大分あたたかいが、まだお正月になってから13日目なので、家の外に出ると日差しがあっても風は冷たい。
「待ってぇ、はっちゃん、あっちだよぉ」
「ドッチ」
「この前、あきちゃんが『あの家、いっつもアジのひらきのにおいがする』って言ってた家のカドぉ」
「コッチ」
「そう、そっちだよぉ」
 円とI-836、いっしょに走ってると距離がすこし長くなればなるだけ、円がだいぶ後ろに離される。
「はぁ、ぜえ、はぁ、はっちゃん〜っ、あった〜っ?」
「アリマシタ アリマシタ アリマシタ」
「そっか……はぁ、ぜぇ、よかったぁ、あのおみくじ新聞紙、ぜぇ、はぁ、くるくる〜って巻き戻っちゃわないように、ぜぇ、はぁ、おさえるの大変なんだものぉ、おかげで間に合わないかと、はぁ、ぜぇ、思っちゃったよぉぉ〜」
 はぁはぁ言いながらI-836に追いついた円は、ふーぅと深呼吸をして息をととのえると、脇にかかえてたクリアファイルを両手に持ち直してそう言った。
「うんっ!! 書き初めのときは兄上が、余分な紙1枚しか出してなかったから、失敗も何もなかったけどぉ、カキフタタビはいっぱい書いたからぁ、いいぞぉ、いいぞぉ」
「ソレ ドウスルンデスカ マタ ミンナニ ミセルンデスカ」
「うん〜、さっき書けた一番自信作は、明日部室に行ったらトレードさせるよぉ」
「アト19マイ……」
「それはねぇ、ふふふふ〜、はっちゃん知らないのかなぁ、ファイアーしてもらうんだよぉ」
「ココハ ゴミショリジョウ デハ ナイデスヨ」
「どんどん焼きって言ってねぇ……、こういうカキフタ……は居ないかなぁ、書き初めの失敗作とかお正月飾りとかを持って来てファイアーしてもらうんだよぉ」
「ファイアー オショウガツ オボエタ」
「でぇ、みんなぁ、それでお餅を焼いてぇ」
「ミンナ? ガクエン?」
「ううん、この近所のひととかの、みんなだよぉ、たくさん来て……あれぇ」
 円がきちんと前を見ると、神社のわきの広場には人影がふたつ。だけ。

「んっ?」
 広場にいたひとりが振り返った。
 円は、その結んだ長い髪ですぐに折口忍(おりぐち しのぶ)であると気がついた。
「あっ、先輩ぃ、こんにちはぁ」
「おぉ、お前か」
 駈け寄った円ではなく、I-836のほうに向かって忍は声をかけた。
「わぁ〜、来てたんですかぁ」
「オスイコサマ キョウモ ツケテマスネ」
「あいかわらず、お前はなかなか良いな。そうね、今日つけてるのはこれよ、持ってるきゅうりが……わかる?」
 腰に下げたポーチの端についてるオスイコ様キーホルダーをI-836に見せる忍。
「どうしたんですかねぇ、ひとがぜんぜんいませんよぉ」
「キュウリガ カンジュクシテル ヴァージョンデスネ」
「そうそう、良くわかるね、お前は。このおすいこ様は しいくれっと でなかなか出まわらないのよ」
「ファイアーするのは、ここですよねぇ、確かオットー先輩のつくった地図にもぉ……」
「フ     ァ       イ    ア    ー ?」
「わぁっ?!」
 いきなり、低速度の「ファイアー?」という言葉を横からかけられたので、円はピョンっと後ろに身体を反らしておどろいた。
「あんた……、その話し方でいきなりしゃべったら驚くわよ」
 忍は、I-836にオスイコ様(シークレット)をじっくり見せながら顔を向けずに言った。
「あぁ、渡部先輩だったんですかぁ」
「こ   ん   に  ち は」
 忍の後ろのほうに立ってたのは、渡部そでだった。
「さっき、そこで行き会ったら、この しいくれっと おすいこ様を当てたからって、くれたんだ、そできちが」
 忍がそう言うと、そではうなづいた。
 忍は、いろいろとあだ名をつけてみんなを呼ぶが、そでの場合は「そできち」だったので、円にも「あぁ、渡部先輩のことかぁ」と、すぐわかった。
「やっぱりぃ、ここでファイアーするんですよねぇ、渡部先輩、スス吸わないようにマスクしてるんでしょお?」
「え        、  こ    れ……」
「そできちはいつも付けてるでしょ、ますく。しかしあんたさっきから ふぁいあ ふぁいあ て、なに言ってるのよ」
 やっと、忍は円のほうを向いてしゃべってくれた。
 円は、鋭い忍の視線がいきなりそそがれたので、さっきより身体をヒッと動かして、
「あのぅ、どんど……」
「きのうのおまつりがどうしたのよ」


 帰宅した円は、カキフタタビで書いた一番自信作「日を知る人」の半紙をクリアファイルにいれたまま引き出しにしまい、既に部室に飾ってある書き初め「おありがたい」とトレードするのはやめよぅと思ったのだった。

(2014.01.13 氷厘亭氷泉)