えんすけっ! オセチザン縁喜

「あけましておめでとうございますー、いらっしゃいませーェ」
 ピッピッピッ、とレジのおばさんがカゴの中のミネラルウォーターと珈琲牛乳と桜色のかまぼこの値段を読み取っていった。
「820円でェすー」
「はい」
 日野寿(ひの ことぶき)は、しわのなくピンとのびた千円札を出すと、お釣りをもらってマーケットを出た。
 ガラス窓の外の正月の空は雲と風が少し動きを止めたように静かだったが、日野寿のこころの中はとげとげいらいらしてた。

 1月1日の時刻は朝の11時12分。
 日野寿は、年が改まってからこの時刻まで、まだ食事をしてない。
 口にしたものといえば、たまたまコートのポケットに入ってた、ゆきうさぎのもようが描かれてる小さい飴1つだ。  



「あっれー?? ぶっきーは、なんで元旦から放浪食事してるのん?」
 フードコートにあるテーブルに陣取って、さっき買ったかまぼこをもぐもぐ噛んでる日野寿に、野間果数実(のまかずみ)は訊いた。
「家で食事して、やたら多量な不消化物で不健康になりたくないからよ」
「不消化物って……」
 野間果数実は、日野寿のおさななじみ。毎日学校でも顔を付き合せてるアイダガラなので、寿のこの手のとげとげいらいらはしょっちゅう聴いてる。いつもは下級生や上級生の "へんな生徒"(?) へのいらいらとげとげだが、今日はその相手が人間ではなかったので、ちょっと驚いた。
「だって、そうでしょ、正月に縁喜がいいからってことだけで何回も何回も出てくるあの組み合わせ、栄養の面からも消化の面からも、これっぽっちのメリットなんか無いじゃない!」
「ぶっきーの家は重箱大きそうだものね」
「ムダにね」
「うちなんかは、黒豆とあの小魚だけだよ」
 果数実はひとさしゆびを2本たてて、ごまめの大きさを表示する。

「あのオセチザンどもは豆ひとつぶ、昆布ひとロール、きれいに居無くなるまでっ、しぶとくっ、永久に、朝に昼に晩に、食卓に出てくるのよ、1年のはじまりから、こんな不健康な迷信にとらわれるのはおろか過ぎるわ」
「ぶ……っ! オセチザンってなにさ」
「おせちの不消化物たちはパルチザンみたいなものだからよ!!」
 日野寿はそういうと、珈琲牛乳のキャップを取ってクッとひとのみする。
「だいたい、ほとんどが語呂あわせから来てるだけじゃない!!」
「えっ、ああ……まめに過ごせる、とかそーゆーこと?」
「名前の語呂だけで選ばれてるんだから、栄養価値なんてカスみたいなものなのよ!! でしょ!?」
「んー、まぁ……バランスはねぇー」
 果数実は、健康法マニアなので高性能な栄養士さんのように脳内で大抵の食材と料理の栄養価のレーダーチャートを思い浮かべることが出来る。
「〔華麗な一族〕になれるようにって語呂あわせだとか縁喜づけられて、〔カレー〕と〔イチジク〕が重箱の中に入ってたとしても、みんな〔そういうものなのかぁ〕くらいの感情しか浮かべないで、食べるよ!!」
「うそーん、カレーは入ってたら疑るでしょーん」
「いやっ!! 〔そういうものなのかぁ〕くらいになると日本人はやるね!! それがオセチザンのやりくちよ」
「入ってたとして、〔カレー〕ってどういう風に他の、豆とか、伊達巻とか、といっしょに並ぶわけ」
「……」
 寿のアクセルの勢いが5秒くらい下がる。
「た、竹の……輪切りみたいなやつに入れるのよ」
「竹にカレーっ?」
「くりきんとんとかが、なんかそういう器に入ってたりもするでしょっ!!」
「さすがに、〔カレー〕はおせち料理に定義されたら国民は違和感で攻めるでしょ」
「いやっ!! 〔そういうものなのかぁ〕くらいになると日本人はやるね!! それがオセチザンのやりくちよ」
「すごいね、一文字も違わずにさっきと同じこと2回も言ってる」

「でも、そんな風にかまぼこモチャモチャ食べながら言ってると説得力うすいよ」
「かまぼこはいいのっ、これ、単体だからオセチザンじゃないしっ」
「そう出たかぁ」
「かまぼこは、オセチザンたちなんかに入ったりしないで、もう単体として消費者側が取捨享受するべきなのよ!! オセチザンの主要殺人兵器になってる餅とかも、ぜんぶかまぼこに取って変わられるべきね」
「ええぇぇぇーっ、餅は餅でしょー」
「かまぼこなら貴重な生命が奪われない」



「……餅……かまぼこ…………、そうか……んー?」
 果数実は、寿の【国民は餅よりかまぼこ論】を納得いかない感じでつぶやきつつ、フードコートの中にあるアイスクリームショップでバニラアイスを買って来た。
 寿はかまぼこの最後の1枚をじっくり噛んでいた。
「ねぇ」
「ふひ?(なに?)」
「チーズのせてオーブンでチンする場合、餅とかまぼこの場合、比べてみると風味が……」
「アイスの行列に並んでる間、そんなこと真剣に考えてたの」
 寿がかまぼこをのみこみながらそう言うと、果数実はアイスをスプーンですくって口に入れながら首を縦に振った。
「チーズ餅っておいしい?」
 寿は珈琲牛乳をのみ切ると、果数実の目をいつもの鋭いまなざしでえぐった。
 しかし、果数実は慣れてるので対してその目にひるむ様子もなく、
「美味いよ、オーブンから出してアツアツのピーク過ぎるとダメだけど」
「ふーん、でもあんたのやってる肉体改造的には餅とか食べちゃダメでしょ、炭水化物すぎる」
 寿は、ついでにチラッと果数実のバニラアイスにも目を寄せた。
「ふふん、まだまだ、ぶっきーは甘いですな、そういった、食べちゃダメとかいう低俗な概念を突き崩して、健康的な食生活をしつつ、肉体をステキに改造させる健康法を編み出すのが、この野間ちゃんだ」
 果数実は威丈高にそう言うと、かたわらに置いてたスポーツバッグをジーーーーッとあけて、中から薄いビニールのプチプチに包まれたものをグッと持ち上げて、テーブルの上に置いた。

ごずっ

――かなり硬くて低い音が鳴った。
「なに、これ」
「こ・れ・は・ねーん、亜鈴だよ、亜鈴」
「あれい?」
「そう、ボクサーが持ち上げたりしてるやつね。これを使って10分弱かな、特別プログラムどおりの動きをすれば、……そう、チーズ餅の場合だと、チーズの蛋白質と餅の炭水化物は体内で理想以上の使われ方と燃焼を……!!」
「チーズ餅から少し離れなさいよ」
 寿は、かまぼこの空き袋を四つ折りに畳みながら、冷たい反応で言った。
「その特別プログラムってのがあやしすぎるわね」
「いやいやいや、これはもう秋から実験してみてかなり良い実験結果にキマってるから!! 今度こそ完璧無欠!!」
「そんなこといってもあれじゃない、夏にやってた片足あげて妙な秒数ごとにお腹と肩で呼吸するやつは、1ミクロも効果なかったじゃない」
 果数実は常日頃から、肉体改造健康法と称していろんな健康法を考案している。
 そういうことに熱中しているせいか、単にオギャーと生まれ持った体質代謝がすごいのか、果数実・本人は体脂肪率も腰のくびれもすっきりシャープで、筋力も運動神経もすごい。
 しかし、その考案にかかる健康法のほとんどは寿に言わせれば "インチキ" で、過去の大抵の方法は、ほんとうにそんな結果が出るか寿が実践してみて、その効力の無さをいくつも立証している。
「あれは、ぶっきーがこっちの合図に合わせてきちんと呼吸をしないからだよん」
「あんなバラバラなタイミングで、肩吸ってー・肩吸ってー・あ、つぎはお腹ー、とか指示だされて、まともについてけるわけないでしょ」
 寿は、真夏の37度、体感温度でいえば40度をひょいと超えてたのかも知れない校庭のはしっこで、果数実考案の呼吸による肉体改造健康法が "インチキ" か追求したとき、 結局軽い脱水症状になりかけたことを思い出しつつ、さらに冷たい語気で迫り、テーブルの亜鈴に手を近づけた。
「わっ、なにっ!!!?」
「追求する女・ぶっきーよ、そこが大事なのよん」
 亜鈴にふれようとしてた手を、寿はすぐに持ち上げた。
 よく見るとビニールに包まれた中にある亜鈴は少し霜がかかってる。
 かなりの冷たさのようで、スポーツバッグの中には、どうやらドライアイスか何かが完備されてるような雰囲気だった。
「じっとじっくり冷凍庫で冷やしたこの亜鈴を使うことによって、特別プログラムの効果が飛躍的に……」
「もももも、もうすこし体感温度にやさしい健康法を考えることにつとめろっ!!」



 食べ終わったバニラアイスのカップをゴミ箱に捨てに行った果数実のうしろすがたを見ながら、寿は
(家のオセチザンを回避して我が身の消化機能をまもったが、あいつのインチキ健康法のせいで手先が冷え性になるかも知れない)
 ――と考えながら、夕飯はどこでなるべくあったかい物をたべて家に戻ろうかと悩みだすのだった。

(2014.01.01 氷厘亭氷泉)