えんすけっ! 白作さんの学校篇・桂ちゃんの帰り道

 桂和美(かつら かずみ)は、今日もいつもどおりの帰り道で学校から帰っている。

 最短距離をつかえば、ほんの12、3分だが、ぐるりと遠回りになるので倍以上、ながければ1時間は歩く。
 そのルートの中には川沿いの道と、ちょっとした神社の林がある。そこで季節ごとに姿をみせる鳥や虫や野草をチェックするため、プラス、脚力トレーニングのために、毎日この道をとおっている。
「昨日テレビでやってたウミスズメよかったなー、夏は海で観たいゼー」
 そんなことを考えながら、学校の前の横断歩道で信号が変わるのを待っていた。

 駅の近くにある2階建てのゲームセンターの入口あたりは、『抑留の達人』をプレイしてる子が多い。
 この『抑留の達人』というゲームは、捕虜が労働作業する動きにあわせてタイミングよくスコップ型のコントローラーを動かすゲームだ。音ゲーというより労ゲー。
 和美の学校には、これでスーパープレイをかました先輩もいるらしいが、和美はどちらかというとゲームで遊ぶより、このゲームセンターの真横にある庚申塔マニアだ。
「今年もここのヒガンバナ、いっぱいに咲いててキレイだった」
 脳裡に数ヶ月前の秋の紅色を浮かべつつ、踏切の先で曲がって川のほうに出る坂を一直線にダッシュで駈けていった。

 林の中にある神社は、神社とはいっても、非 "荘厳なしろもの" だ。ダンボール箱くらいの大きさの、ぼろぼろで白っぽい "ほこら" が あるだけで、それ以外のものは何もないといった規模。
 ほこらの扉には、わらじが3つくらいぶらさがってるが、何が祀られてるかは不明らしい。
 しかし、林の面積は市街地にあるにしてはちょっと広くて、大きな樹木も何本も生えている。
「バカデカなやつらが生えてる分、もう暗くなっちまってんなー」
 12月下旬の夕方なので、もうだいぶ日が落ちはじめている。
「おととい、ピッポッポーっぽい音したけどなー、あん時、ねばるべきだったゼ」
 ピッポッポーはベニマシコという赤い鳥の鳴き声だ。
 和美はまだこの鳥をナマで姿をおがんだことは無いのだった。あんまりこのあたりでは見かけない。
 かりかりカサカサになってる小枝の上を和美は右に左にうろついてみたが、今日は特に "みもの" は姿を見せなかった。



「何してるの」
「――ぴッ!!」
 声がいきなり背後に出現したので、和美は両手をかまえて瞬時に立ち上がった。
 脳内でベニマシコのことばかり考えてたので、口からでたのはピッだった。
「ピッ……?」
 和美の背後に立ってたのは、和美と同じ制服の女の子。
「猿戸かよッ、いきなり声かけんなよ……たまげたゼ!!」
 猿戸兎汐(さるど としお)は和美の同級生だ。
 和美とは、ちょっと毛色がちがうタイプなので、あんまりしゃべった頻度は多くないが、テスト前になると大体みんながノートを借りるので、猿戸兎汐を知らぬ者は居らぬ人物だった。
「ピッ……桂ちゃんって、家こちらの方面でしたの?」
「ちっと自然観察してたんだ」
「あの、どんぐりひろいでもしてらしたんですの?」
「どんぐりぃ? ここらにはそんなもの落ちてないゼ」
「あれっ、これは違うんです?」
 そういうと、兎汐が足もとから何かをゴジョゴジョひろって差し出す。
「いいか、猿戸ぉ、ここにはカシもナラも生えてないんだゼ……お」
 和美は、差し出された木の実を見て目をまるにした。
「どうやらクヌギのどんぐりのようですの」
「えっ、なんぢゃっ、う!?」
「あのね、手品です、さっき拾ったのは、こっち、このどんぐりは手品ですの」
「てめぇ……」
 兎汐が片方のわきのしたから出したのは細長い小石だった。

「野鳥とかがお好きだったんですの」
 和美は遠回りな帰り道のことをグチャッと短くしゃべっただけだが、兎汐はあっさりと内容を理解整頓したらしく、あっさりと返答して来た。
「……ま、そういうことだゼ」
 和美はそういいながら駅のほうへ向かうもう一方の坂にある石段をひょいひょいあがる。
「あの、でも、遠回りというより有意義な遊歩という感じですの、あのね、また少し違うかもしれませんが、あの "往復問前程"というか、あの "山高月上遅"というか」
「五文字熟語とか、サッパリわかんねぇよ!?」
 少しずっこけ歩き気味に和美が突っ込んだ。



 石段をあがると、道がおおきなカーブをつくって住宅地をとおりぬけ、駅の方角に向かってつづいてる。
 そのまま進めばすぐに家にたどりつくのだが、和美にはこのルート中に立ち寄りポイントがもう一箇所ある。
 それは、金魚屋さんの脇に立ってる教会で、小さい頃は教会にいった帰りに金魚屋の水槽や水鉢を一日中ながめるのが和美のほぼ毎週の日課だった。
 さすがに、今は毎週一日中ということはなくなったが(家でも飼うようになったので)教会と金魚屋の水槽とのセットは、和美のルート設定上はずせないポイントなのであった。
「あ、猿戸、ここに用あるから、新学期またな」
「そうですか、あのね、ではご機嫌ようですの」
「おぅ」
 兎汐は軽くあたまをさげ、そのまま帰るのかと思ったら、金魚屋の向かいにある鯛焼きやたこ焼きを売ってるお店にスタスタ向かって行き、外に並べてある背の低いベンチに坐ってた。
(……猿戸のやつ、買い食い魔神だったのか)
 和美は兎汐のことをチラっと後ろ向いて眺めながら、教会の門をくぐって庭のほうへまわって行った。



 教会の庭には何人かの小学生がいて、庭の木にオーナメントだの小さい電球のついた電飾だのを飾りつけてた。
 今週中に玄関や室内のおもな飾りつけは和美が任されてたので大体は出来上がってて、あと残すのは庭の飾りだった。
「おぅ、もういろいろと並べてんな」
 和美は鞄を放り投げると、小学生たちに混じって作業開始。
「こっち、よこせ、それは向こうのナナカマドにぶらさげんだゼ」
 小学生をひっぱり寄せて飾りつけ指令を下したり、鼻歌を唄いながら電飾のモジャモジャに絡まったのを箱から出してほどいたりしていた。
「とんぼのぉ〜めがねは〜ふふふんふふふ〜」
「かーずーみーちゃん」
「ふんふふふ〜♪ ……なんだっ」
「向こうの木にこのキラキラさげろよ」
「さげて下さい、って言いなさい」
「うへぇぇぇ、さげて下さいますぇー、大僧正さまぁー」
「てめぇら、また妙なゲームで遊んでやがるな、きもち悪いゼ、――よし、どれだ」
 電飾の絡まりをほどき終わった和美が顔をあげると、小学生のひとりがモール状になった金の飾りを手にぶら下げてた。
 が、2本の足を接地させてる場所が、母なる大地ではなく、ほそぉ〜い木の枝の上だった。
「おいっ、こらっ!! どこ登ってやがるっ!! おおばかさんたろめ!!」
「うへぇぇぇ、お許しくだすぇぇぇー、大僧正さまぁー」
「おっ!! 動くなっ!! おいっ!!」
 ビワの木がゆさゆさ揺れる。
 危ない、と思ったときには、もう小学生の足は片方、枝の上からずり落ちてて、体はニュートンのりんご状態になり果てていた。

 ずざざざざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 和美はすぐに助走から跳ね上がって小学生を両手でキャッチした。



 目をあけると、その先は地面ではなかった。
 しまった背中から落ちたか、とも思ったが目の前は空でもなかったので、一瞬よくわからなかった。
 こころの中で「ビワの木から落ちると死ぬよ!」という俗信がくるくる廻って、うすら寒くなったが、ハッと視界を正常に向かわせると、ふぇぇ、という顔をしたクソガキと、前のめりになりそうな和美の体を押さえて立ってる兎汐のすがたが入って来た。
「お……猿戸」
「あの、危なかったですの」



 桂和美は、今日もいつもどおりの帰り道で学校から帰って来た。
 冬休みがはじまるので、しばらくは帰り道という呼び名ではなくなるが、高校になってからだいたい毎日とおってる、いつもどおりのルートだ。
 でも、今日はいつもとは別な毛色のアクションとイベントが多かった。
「……あのとき、猿戸ってけっこう遠くに坐ってた気がするゼ……」
 和美は猿戸兎汐のふしぎな脚力に少し脅威を感じつつ、その日は眠りについた。

(2013.12.22 氷厘亭氷泉)