【脚本】
折口忍(おりぐちしのぶ)
【出演 : 略称】
牧田スガ(まきたスガ):牧
今野円(こんのまどか):円
【衣装】
牧:手拭いを頭に巻く。割烹着に腰掛けのえぷろん。全て白の揃い。
円:つまみ型の帽子(茶色)。格子柄のじゃけっと(黄色がかった茶色)を袖を通さず羽織る。とらんくけーすを持つ。
【衣装協力】
花園江真(はなぞのえま)
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。(ロシア民謡 どん底の歌)
牧:そんなことばかりしてると退治されるぞ。鏑矢をヒョーって鳴らされてな。
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。鵺の鳴く夜は恐ろしいってぇ。
牧:鵺っていうたら猿狸蛇虎やっぱりとらや。羊羹ってこととちゃうか。
円:あほぉ。真面目に話してるとおかしくなりそうやぁ。わしはなぁ朝はようから起きてぇ。
牧:朝はようから起きて。
円:お隣の人、留守頼んますぅ。今日は妖怪研究だすぅ……。
牧:そうか。妖怪研究か。そう言うて出て来るのんか。遊びのためにこすぷれしに行くって訳でもないだけ感心やー。それほどえらいもんになっているとは知らなんだ。おれもなあ、ちょっとその、鵺やら、猿虎蛇たらに連れて行ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:なにか間違えとる気がするがぁ。まぁ勉強するのはええことやわぁ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所にな。
牧:この近所にな。
円:大きいな、声が。
牧:そうか。ヒョーってあれはトラツグミの鳴き声なや。(円が白い目で見るので)まぁ人が聞いたら、みんなついて来よるさかいなぁ。
円:土地土地のおあねえさんたちがいやはる。
牧:おあねえさんがいやはる。そこへお参りして鏑矢でも射ってもらうんか。
円:いいかぁよく聞きやぁ。鵺とか猿虎蛇なんて言っとらんと頼むでぇ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでおあねえさんたちからお招きいただいたんやぁ。
牧:年が明けたっていつ? あんた夏と冬にあらわれるまれびとみたいやないか。
円:(呆れた顔で)とっくに明けとるがなぁ。もう1ヶ月は経ってるでぇ。それにこの格好はなぁ。ここだけの話、故郷に帰るぐらいの気持ちでビシッと決めたつもりやからなぁ。
牧:そりゃちょっと毛色が違うがな。まぁそりゃめでたいこっちゃ。なるほど、お祝いするはずや。これが祝いでおられるか。
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて(柳田先輩にむかって)、今日はお日がらもよろしゅう御座りまして、虎子石も持ち上げません、虎にゃーにゃーもおりません。
円:言うてる尻から、大体その手にもっとる皿はなんなんや。
牧:こっこれはあれや。水虎の膝頭や。そこに羊羹でも貰おう思って。とらやからなにな。
円:(手を額に添えて顔を隠して)あんたはそれやぁ。食い意地だけやでぇ。まぁしゃべりついでに、本の報告でもしてもらおうか……。
牧:へぇへぇ。実のところ、列伝体の本ですが、大分長いこと保留になっていましたが、ようやく出すことができました。もう三年近くになりますかなー。
円:三年近くだとわしらここにおらんけどなぁ。まあ良いかぁ。さてとぉー、行きまひょかぁ。(荷物の重さを意識する)
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。(とらんくを投げ渡してして)
牧:おっとっとっと(慌てながら受け取る)
(がちゃがちゃがちゃ。とらんくが開いて荷物の転げ落ちる音)
円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。ふうふう、パタパタ(吹いたり、叩いたりして泥を払う)
牧:こら、なんや皿やな。おお、(頭に皿を乗せて)これで行こ。
円:立派になったなぁ。
牧:おだてるな。
円:いいえ。ほんま立派な人だったのになぁ。ほろりぃ。
牧:水虎と違うぞこりゃ。頭に皿があるから左右一対のな。(「円」の頭にも皿を乗せようとする)
円:そりゃ青森のってあんたが言ったんやないかぁーって話が戻ってしまうでぇ。しかし、何やら気が張るなぁ。
牧:その気のはったところで、一つ行こか。
円:何をやー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるでおすいこさまを飾り始めたことから……
円:ちょ、待ちぃ。悪乗りがすぎるでぇ。そんなこと言うたらわてまで怒られるわぁ。
(柳田先輩苦笑い)
牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。(二人、見物に向かって、一礼、坐る)
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。(大きな袋から物を出して横座の柳田先輩に献上する。袋を「円」に渡す)
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、土地土地のおあねえさんがたとのお年の祝いのお裾分けをしまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。(威張っている)
円:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがなぁ。
牧:そうともそうとも。えらいとこが見たかったら、この皿を見い。(頭の皿を指さして)
円:ほろりぃ。そんなんえらいどころか懲罰されるぞ。そんなんやったらうちかて、見せたるでぇ。(帽子を脱いでもう一つの皿を頭に乗せて)
牧:これで左右一対のおすいこさま!
柳田先輩:えへんえへん。(咳払い)
二人:わぁ。さよなら、さよなら。
(早々退場)
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東(かまくら おとひ)は折口忍の方を見る。
「おすいこさま出すために虎にしたでしょこれ」
「そっそんなことは……」
珍しく狼狽える忍を音東は無言でじっと見る。
「あるな」
忍は観念する。
「素直でよろしい。あと寺島良安『和漢三才図会』、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』を寺島さんと鳥山さんじゃ分からないでしょ」
「分かっているじゃあないか」
「あと衣装も含めて終始これってあれでしょ」
「それを言っちゃあ、おしまいよ!」
というと忍は不採用ボックスに寅版のノートを投げ入れた。
そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
(2022.01.31 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』(ほくろまんざい)ボツ案―えんすけっ!版(寅))