今野円・牧田スガ二人:（群衆をかき分けて出るように）どいたどいた。旧鼠や旧鼠や。（よい処にきて、二人向き合う）
円:ふうんなるほど、ねずみやなぁ。
牧:あほ言ぇ。仔猫を咥えるようなでかいねずみがいるか。
円:そうやなぁ。でもありゃ猫が小さいんじゃあないやろかぁ。
牧:随分可愛い仔猫やな。ねずみもそりゃ育てたくなるわ。
円:あれぇ、ありゃ仔猫を喰おうとしてるんじゃあないんかぁ。
牧:まあ確かに『絵本百物語』からだとどっちでも取れるな。まあそれはいいけど、あんたそこに背負っている風呂敷は、何や。
円:これかぁ。
牧:そうや。
円:こらなぁ。
牧:気い持たすな。――まるで泥棒か夜逃げやないか。
円:そんなんやったら荷車用意するわぁ、ってわしゃ火車かぁ。火車はまあ猫やぁ。(咳払いをして)こう見えてもなぁ。れっきとした異類の研究に出かけるのやぁ。
牧:なに、衣類研究。服のことか。小袖から手がにゅっと出たりするんか。
円:ええ加減にしなはれぇ。微妙に寄せてきてるのが腹立つわぁ。異類の研究ぅ!
牧:異類の研究?
円:本を読んだり、人に話を聞いたり異類のこと調べるんやぁ。妖怪研究会に何するために入ったんやぁ。あんたって人はぁ。
牧:なんとかかんとか言うても、ふくがあっても良い案件じゃないか。ふん。
円:服と福かけてってぇ、誰が上手いこと言えって言ったんやぁ。何もでんからなぁ。って異なる類いって書いて異類やからなぁ。
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。（ロシア民謡 どん底の歌）
牧:まあたそんなことばかりしてると不審者扱いされるぞ。
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。聞書きの調査に行くのやがなぁ。
牧:きき? 確かにねずみの話聞くんやったら、聞き耳頭巾も必要か。あれ、鼠浄土のねずみには不要か。
円:あほぉ。ねずみの話まだひっぱっとったんかぁ。き・き・が・き やわぁ。それでわても朝はようから起きてぇ。
牧:朝はようから起きて。
円:お隣の人、留守頼んますぅ。今日は民俗調査だすぅ……。
牧:そうか。聞書きの調査か。そう言うて出て来るのんか。そりゃ感心やー。それほどえらいもんになっているとは知らなんだ。おれもなあ、ちょっとその、聞き耳頭巾やら、鼠浄土とやらに連れて行ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:そうやぁそうやぁ。そうせんことには部内の話題に遅れるでぇ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所にな。
牧:この近所にな。
円:（白い目で見て）なんやぁその格好はぁ。
牧:（円を盾にするように後ろに隠れて）こりゃあれや。まぁ破裂するようなやつもいるんやないか。
円:まあどうでもいいけどなぁ。聞書きの神さんみたいなお方がいやはるんやわぁ。
牧:聞き耳頭巾の神さんがいやはる。そんなら児玉鼠も破裂せんとってなって説得してくれりゃ安心やな。
円:いいかぁよく聞きやぁ。聞き耳頭巾もねずみも関係ないからなぁ。頼むでぇ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたやぁ。
牧:年が明けたっていつ? いつの間に餅ついたんや。
円:とっくに明けとるがなぁ。それと、ねずみの餅つきでもないからなぁ。
牧:ほんまいつのまにか一年経ったんか。まぁそりゃめでたいこっちゃ。なるほど、お祝いするはずや。これが祝いでおられるか。
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて（柳田先輩にむかって）、今日はお日がらも よろしゅう御座りまして、本年もよろしうござります。
円:言うてる尻から、大体その手にもっとる本はなんなんや。
牧:こっこれはあれや。ありがたい経文や腹が減ったら、齧ってしのごうと思ってな。
円:あんたはそれやぁ。頼豪阿闍梨かぁ。まぁ本のついでに、同人誌の言いわけもしてもらおうか……。
牧:へぇへぇ。実のところ、年内中に出すはずになっていた冬の同人誌ですがねずみが齧って落としました。申しわけがございません。
円:苦しい言い訳やなぁ。まあええから行きまひょかぁ。（荷物の重さを意識する）
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。（荷物を全て下ろして）
牧:えー全部?
円:こんなん分担して担げまへんょ。
牧:よっよっしゃ。
（がちゃがちゃがちゃ。荷物の転げ落ちる音）
円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。ふうふう、パタパタ（三角巾をとってはたいたりして泥を払う）
牧:（円の三角巾をとって）手伝ったる。手伝ったる。（はたき終えると女優帽を円に被せて、三角巾を頬っ被りにして）おお、これで行こ。
円:立派になったなぁ。
牧:おだてるな。
円:こうすればもっとええなぁ。（結びを顎から鼻の下にし直して）
牧:当たり前や。こうしてみると貧しい人のために盗みを働いてもおかしくないやろ。
円:まだ、ねずみか。しかし、何やら気が張るなぁ。（柳田先輩の視線を気にして）
牧:その気のはったところで、一つ行こか。
円:何をやー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるで足を交差させ始めたことから……
円:ちょ、待ちぃ。悪乗りがすぎるでぇ。そんなこと言うたらわてまで怒られるわぁ。
（柳田先輩苦笑い）
牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい
年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。（二人、見物に向かって、一礼、坐る）
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。（風呂敷から物を出して横座の柳田先輩に献上する。）
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、見物の方々へも、民俗調査の神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けをしまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。（威張っている）
円:いつもそうしてると、確かに鼠小僧に見える気もするなぁ。
牧:そうともそうとも。貧しいものどもにこいつをくれてやろう!
円:あんたぁそりゃ言い過ぎやぁ。もうどうなっても知らんわぁ。
柳田先輩:えへんえへんーー（咳払い）
二人:わぁ。さよなら、さよなら。
(早々退場)
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東（かまくら おとひ）は折口忍の方を見る。
「ねずみはともかくとして、ネタが一義的に定まっていない」
「やっぱり」
「結構無理に入れ込んだ感がある」
「書いているときは結構面白いと思ったんだけどな」
「結果的に入ってしまったと」
「うーん」
そう言うと音東は不採用ボックスに 子版のノートを入れた。
そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
（2020.01.02 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』（ほくろまんざい）ボツ案―えんすけっ！版（子））