【本編――実際の上演を書き起こしたモノ
】
二人:(群衆をかき分けて出るように)どいたどいた。ヒヒやヒヒや。(よい処にきて、二人向き合う)
円:ふうんなるほど、さるやなぁ。
牧:あほ言ぇ。やられているイノシシの気持ちも察して欲しいわ。
円:そうやなぁ。鷹の小鳥をとるがごとしってわしゃでかいなりして小鳥かよって言うもんやぁ。
牧:そりゃトラツグミみたいな鳴き声って言われる鵺みたいな気持ちやな。
円:あんたそりゃ猪とおばけでやられてるのが逆やぁ。全くよう言わんわぁ。
牧:あんたそりゃ猪早太や。鵺取り押さえたの――鵺退治はいいけど、あんたそこに担げてる白い鞄は、何や。
円:これかぁ。
牧:そうや。
円:こらなぁ。
牧:気い持たすな。――どうせ、おばけ文庫が全巻(十二冊)入るとか言うんやろ。
円:そんなん創作伝承なんかと立ち位置が違うねんでぇ。こう見えてもなぁ。れっきとした妖怪研究に出かけるのやぁ。
牧:なに、ヨーカゾー研究。一つ目小僧のことか。目籠とか柊の葉を飾りましょ。
円:ええ加減にしなはれぇ。微妙に近いところ出して来るのが腹立つわぁ。妖怪研究ぅ!
牧:妖怪研究?
円:本を読んだり、人に話を聞いたり妖怪のこと調べるんやぁ。妖怪研究会に何するために入ったんやぁ。あんたって人はぁ。
牧:なんとかかんとか言うても、果ての二十日でも良い案件じゃないか。ふん。
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。(ロシア民謡 どん底の歌)
牧:そんなことばかりしてると不審者扱いされるぞ。
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。民俗調査に行くのやがなぁ。
牧:みん? ミンキラウヮーか。クレゾールの匂いでもしたか。
円:あほぉ。耳無豚な訳がないやろぉ。沖縄の豚のおばけじゃなくてみ・ん・ぞ・く・ちょ・う・さやわぁ。それでわても朝
はようから起きてぇ。
牧:朝はようから起きて。
円:お隣の人、留守頼んますぅ。今日は民俗調査だすぅ……。
牧:そうか。民俗調査か。そう言うて出て来るのんか。それで古本屋に行って散財する訳でもないだけ感心やー。それほどえ
らいもんになっているとは知らなんだ。おれもなあ、ちょっとその、ミンキラウヮーやら、カタキラウヮーやらに連れて行
ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:そうやぁそうやぁ。そうせんことには部内の話題に遅れるでぇ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所にな。
牧:この近所にな。
円:(白い目で見て)なんやぁその格好はぁ。
牧:(交差させた足を戻して)こりゃあれや。まぁ股をくぐられんようにな。
円:まあどうでもいいけどなぁ。民俗調査の神さんみたいなお方がいやはるんやわぁ。
牧:ミンキラウヮーの神さんがいやはる。そんなとこ行ったらマブイ落とされたりせんやろな。
円:いいかぁよく聞きやぁ。耳無豚なんて言っとらんとせめて猪笹王ぐらいにしておいてなぁ。頼むでぇ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたんやぁ。
牧:年が明けたっていつ? ヨーカゾーも果ての二十日も終わっとるんか?
円:とっくに明けとるがなぁ。それにヨーカゾーはまだ二月にもまだわんちゃんあるぞぉ。
牧:ほんまいつのまにか一年経ったんか。まぁそりゃめでたいこっちゃ。なるほど、お祝いするはずや。これが祝いでおられ
るか。・
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて(柳田先輩にむかって)、今日はお日がらも よろしゅう御座りまして、本年も猪鹿蝶でもコイコイって具合に猪突猛進邁進させていただきますわ。
円:言うてる尻から、大体その手にもっとる鰯はなんなんや。・
牧:こっこれはあれや。頭だけ残して猪笹王を除けようと思ってな。(そう言って鰯の腹の辺りを齧る)
円:(手を額に添えて顔を隠して)あんたはそれやぁ。鰯の頭も信心からって何もこんな時に作らんでもなぁ。まぁしゃべり ついでに、同人誌の言いわけもしてもらおうか……。
牧:へぇへぇ。実のところ、年内中に出すはずになっていた冬の同人誌ですが絵を描く暇が無かったり、別の同人誌作ったり で何やらで遅なりましてまことに申しわけがございません。
円:さてとぉー、行きまひょかぁ。(荷物の重さを意識する)
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。(荷物を全て下ろして)
牧:えー全部?
円:こんなん分担して担げまへんょ。
牧:よっよっしゃ。
(がちゃがちゃがちゃ。荷物の転げ落ちる音)
円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。ふうふう、パタパタ(吹いたり、叩いたりして泥を払う)
牧:こら、なんや目籠やな。おお、これで行こ。(目籠を被る)
円:立派になったなぁ。
牧:おだてるな。
円:いいえ。ほんま立派な人だったのになぁ。ほろりぃ。
牧:当たり前や。この目の多さなら誰も敵わんやろ。一つ目小僧でもミカリババアでもどーんと来い。
円:小僧だのババアだの何だか小者だなぁ。しかし、何やら気が張るなぁ。(柳田先輩の視線を気にして)
牧:その気のはったところで、一つ行こか。
円:何をやー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるで足を交差させ始めたことから……
円:ちょ、待ちぃ。悪乗りがすぎるでぇ。そんなこと言うたらわてまで怒られるわぁ。
(柳田先輩苦笑い)
牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい
年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。(二人、見物に向かって、一礼、坐る)
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。(大きな袋から物を出して横座の柳田先輩に献上する。袋を「円」に渡す)
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、見物の方々へも、民俗調査の神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けを しまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。(威張っている)
円:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがなぁ。
牧:そうともそうとも。えらいとこが見たかったら、この鰯を見い。
円:ほろりぃ。そりゃさっきの鰯やないかぁ。えらいんやなくてただ食い意地が張ってるだけやわぁ。そんなんやったらうち
かて、見せたるでぇ。(鰯の頭を取り上げて柊に刺す)
牧:こりゃ猪笹王も一本だたらもたまらんな!
柳田先輩:えへんえへんーー(咳払い)
二人:わぁ。さよなら、さよなら。
(早々退場)
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東(かまくら おとひ)は折口忍の方を見る。
「なんだろう。感想に困るね」
「どこが?」
「なんと言うか季節外れ」
「二月にわんちゃんあるぞ」
「どちらかと言うとこれ果ての二十日の方が入れ込みたかったんじゃないの?」
「バレたかー」
そう言うと音東は不採用ボックスに亥版のノートを入れた。
そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
(2019.01.01 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』(ほくろまんざい)ボツ案―えんすけっ!版(亥))