二人:（群衆をかき分けて出るように）どいたどいた。ドラゴンです！（よい処にきて、二人向き合う）
円:なるほどぉ、よく飛ばしたかぁ。
牧:あほ言え。そりゃドラコン、ドライビングコンテストやないで。辰をちょっと洒落て横文字で言ってみただけや。
円:そうかぁ。たつかぁ。一翻ついたかと思ったわぁ。
牧:そりゃドラ！ 麻雀ちゃうわ。確かにドラゴンが語源とも言われるけど、分かりにくいわ！
円:人面龍身にして赤色なりぃ。赤もついたら大変やぁ。
牧:燭陰か！ 麻雀には引っ張られとるけど辰には近づいたな。あんたの格好も赤色やな――それはそうとあんたそこに担げてる白いのは、何や。
円:これかぁ。
牧:そうや。
円:こらなぁ。
牧:気い持たすな。――どうせ、そんなに大きな袋を持って袋貉なんて言うんやろ。
円:そっそういった形式的なことは置いといてぇ。（図星といった顔をして）今日は鍾山の神ということで妖怪研究に出かけるのやぁ。
牧:なに、鍾山。オーロラを神格したともいうな！
円:ええ加減にしなはれぇ。燭陰の流れに反応せんでなぁ。妖怪研究ぅ！
牧:そうかそうか、でっ妖怪研究？
円:本を読んだり、絵解きをしたり妖怪のこと調べるんやぁ。妖怪研究会に何するために入ったんやぁ。あんたって人はぁ。
牧:なんとかかんとか言うても、やっぱり燭陰やったら千里やしな。あっという間や。
合唱:夜でも昼でも牢屋は暗い。いつでも鬼めが窓からのぞくー。（ロシア民謡 どん底の歌）
円:よう言わんわぁ、この人ぉ。千里眼でもあれば便利やけどなぁ。聞き書きなんかをするんやぁ。
牧:千里眼！ 福来博士に実験してもらうか？
円:あほぉ。そんなもんないからなぁ。聴いた話を書き取るんやわぁ。地道な暮らしよぉ。それでわても朝はようから起きてぇ。
牧:朝はようから起きて。
円:お隣の人、留守頼んますぅ。今日は聞き書きだすぅ……。
牧:そうか。聞き書きか。そう言うて出て来るのんか。それで千里の道も一歩からって感心やー。それほどえらいもんになっているとは知らなんだ。おれもなあ、ちょっとその万里の長城とやら、連れて行ってんか。ちっとこれから、勉強するわ。
円:燭陰も十匹になりそうな距離やけどぉ、まぁええかぁ。そうせんことには部内の話題に遅れるしなぁ。
牧:ところでと、今日はどっち向いて行くねん。青龍の方角か？（東を向きながら）
円:今日は行くとこ、決まってるでぇ。
牧:そらよかった。
円:この近所にな。
牧:この近所にな。
円:大きいな、声が。
牧:そうか。声を出さんでも見通せるさかいな。
円:聞き書きの神さんみたいなお方がいやはるぅ。
牧:神さんがいやはる。神さんというぐらいやから、聞きたいことも見通しているんやろか。
円:いいかぁよく聞きやぁ。そんな能力があったかて聞いて書き出すことが重要なんやぁ。頼むでぇ。
牧:ふんふん。そのお屋敷で、なんぞあるのか。
円:新年も明けたってことでそのお方からお招きいただいたんやぁ。
牧:年が明けたっていつ？
円:とっくに明けとるがなぁ。明けてからもう結構経っとるわぁ。
牧:そりゃちょっと見通せなかったわ。
円:まぁそんなところでよかろぅ。どうで、言うて聞かしてもわかる人やないよってぇ。
牧:なに。
円:こっちのことやわぁ。
牧:そうか。そんなことなら、行かしてもらうわ。
円:おとなしゅうしてんねんでぇ。
牧:はいはい。
円:あんまりがっついたらいかんでぇ。
牧:わかったある。わかったある。お膝におててをおいて。おつむをこうさげて（柳田先輩にむかって）、今日はお日がらもよろしゅう御座ります。
円:分かればよろしけどなぁ、大体その手に持っているのはなんなんやぁ。
牧:こっこれはあれや、三国時代の軍師の感じで羽扇や。伏龍鳳雛っていうやろ。（羽扇を掲げて）
円:（手を額に添えて顔を隠して）あんたはそれやぁ。まぁしゃべりついでに、今年の抱負でも出してもらおうかぁ……。
牧:へぇへぇ。今年は年に二回最低で本をまとめようと思ってます。
円:さてとぉー、行きまひょかぁ。（荷物の重さを意識する）
牧:ああしんどー。重いやろな。
円:薄情なやつやなぁ。
牧:持ったろか。
円:あたり前やぁ。そうこなくちゃなぁ。さぁ担げなさはれぇ。（荷物を全て下ろして）
牧:えー全部？
円:こんなん分担して担げまへんょ。
牧:よっよっしゃ。
（がちゃがちゃがちゃ。荷物の転げ落ちる音）
円:言わんことかぁ。みんな泥だらけになったょ。丁度便利なはたきがあるんやからはたいてなぁ。
牧:こら、羽扇やて。(といいながら荷物を羽扇ではたく)おお、これで行こ。
円:立派になったなぁ。
牧:立派な軍師に見えるやろうて。
円:（ため息をつきながら）何やら気が張るなぁ。
牧:その気のはったところで、一つ行こか。
円:何をやー。
牧:お古いところを。
円:ええやろぉ。
牧:そもそも会の始まりは三年前の悟徳学園。古くはバケモノ会という非公認さあくるで画竜点睛を欠いたことから……
円:ちょ、待ちぃ。悪乗りがすぎるでぇ。そんなこと言うたらわてまで怒られるわぁ。
（柳田先輩苦笑い）
牧:えろうすんませんな。でっそのバケモノ会から端を発する妖怪研究会。柳田先輩が単身、半ば強引に開設した会も新しい年を迎え我々新規入会者も増えて、まことにめでとうさむらいける……。
円:へ、へ万歳。
牧:ほ、ほ万歳。
二人:御万歳。
円:おお、うっかりしてたら、こないえらい見物やぁ。一つ御礼申そやないかぁ。
牧:よかろうよかろう。（二人、見物に向かって、一礼、坐る）
円:ここで、お土産をひらこかぁ。
牧:よかろうよかろう。（大きな袋から物を出して横座の柳田先輩に献上する。袋を「円」に渡す）
円:これでお祝いのおさらえはできたぁ。一つ、見物の方々へも、聞き書きの神さまみたいな方とのお年の祝いのお裾分けをしまひょうかぁ。
牧:よかろうよかろう。（威張っている）
円:いつもそうしてると、おえら方らしゅう見えるのやがなぁ。
牧:そうともそうとも。えらいとこが見たかったら、この立派な耳を見い。
円:ほろりぃ。そりゃ形式的には太夫の趣きやぁ。
牧:そういうそちらは才蔵さん。こちらの演目はほうくろあ（黒子）万歳でした。
柳田先輩:えへんえへん。
二人:わぁ。さよなら、さよなら。
――パタンとノートを閉じて鎌倉音東（かまくら おとひ）は折口忍の方を見る。
「辰のバリエーションは難しかったみたいね」
「出世法螺とかを交えても良かったな。水神とか蛟の類も」
「少し当たり障りがない感じだったような」
「龍の髭を撫で虎の尾を踏むって言うしな」
「では逆鱗に触れる前に」
そう言うと音東は不採用ボックスに辰版のノートを入れた。
そんな会話を年の瀬に何度も行った結果、新年に黒子万歳は開演された。
（2024.01.03 式水下流 『万歳台本 黒子万歳』（ほくろまんざい）ボツ案―えんすけっ！版（辰））