えんすけっ!外伝〜隣町のオバケ〜

「多分、この辺なんすよねえ。この妖怪が目撃されたのは……」
 というと藤澤桃里は自作の妖怪の絵を寺田とらに示しながらあたりを見回した。
「ももりんさあ、あんたホントにこんな妖怪が街中を歩いていると思ってるの?」
「やだなあ。とらりん、そんなわけ無いないじゃないっすか。私はただ、なんか、この妖怪の面白い噂とか知ってる人がいないかなと思って探してるだけっす。ネタ探しっすよ、ネタ探し!」
 というと桃里は再び妖怪の絵を見ては、あたりをキョロキョロと見渡した。
 とらは多分それはウソだなと思いながら、桃里の姿を眺めていた。
 漫画研究部一の人気作家である藤澤桃里は多趣味で本は子供向けの絵本から猟奇犯罪の本まで広範囲で読む、頭はいい。ただ、その反面、思い込みが激しく妄想と現実の区別がついてない時がしばしばある。
 しかも、こと妖怪のこととなるとその傾向は顕著で、以前、とらは絵巻で見かけた妖怪について桃里に聞いてみたら一時間ほどその妖怪について説明をしてくれたが、その説明はその後、どの文献をひっくり返してみても、また伝承、伝説にも詳しい科学部部長、南方楠美に聞いてみてもそんなの知らないと言われてしまった。

 つまりは全部、桃里の妄想だったのだ。

 逆にいえばそれほど妖怪が好きなのだろう。好きだからこそ妄想が暴走するのだ。
 そんな桃里のことだから、口ではあんなこと言ってるが、いるものなら視てみたい。多分それが本音なんだろうととらは思う。だからこそ、わざわざ隣町まで来てるのだ。
 ただ、それに付き合わされるこっちは迷惑な話だと思いながら、とらは自作の金平糖を一つ口に放り込んだ。

 事の発端は昨日、二人が通う英語塾の帰り道。帰る方向が一緒の二人はいつも通り、なんてことはない話をしながら一緒に帰っていたのだが、急に桃里が
「とらりん、実はこんな話をクラスメイトから聞いたっす」
 といって話を始めた。それはクラスメイトが隣町で妖怪を目撃したという、にわかには信じがたい話だった。
「はあ?何それ。本気で言ってるの?その子」
「本気も本気っす。まじめな子で、とても嘘なんかつく子じゃないっす」
 と言いながら桃里はカバンの中から一枚の紙を取り出してとらに見せてきた。
 そこにはなんだかヒョロ長い、すきっ歯で猫背のなんともいえない不景気そうな顔をした妖怪の絵が描いてあった。
「その子に聞いて私が描いたっす」
「はあー。よりにもよって残念な感じの妖怪だねえ……」
「とらりん!」
「断る!」
「まだ何も言ってないっす!」
「言わなくたってわかるよ。どうせ一緒に隣町いこうとか言うんでしょ!」
 そう言われた桃里は目を丸くして
「とらりん……すごいっす!テレパシー能力でもあるんすか!」
「科学部の私に対してなに非科学的なこと言ってんのよ! 予測よ、予測! ももりん、みてれば大体それぐらいの予測はつくの!」
 と、少々あきれながらとらが言うと、桃里は少しむくれながら
「行きたいんすよ!面白そうな話がありそうだし、漫画のネタになるかもしれないじゃないっすか!」
「それなら一人で行けばいいでしょ!なんで私を巻き込むのよ!」
 と、とらに言われると桃里は少しうつむいて
「だって一人は怖いっす……」
 はあ? なんで? と言いかけて、とらは思いだした。桃里は最近、幽霊を視たのだった。
 ただ視たと言っても結局それは、同じ漫画研究部の先輩、コスプレ好きの花園江真のコスプレだったというのが事の真相だったのだが、そのいくつも視た幽霊の内、虚無僧姿の幽霊だけは江真の仕業ではなく、非常にグレーな形で事件は収拾していたのだ。
 それ以来、桃里はちょっとだけその手のことについては慎重になってる。
「もう……。そんな怖いなら、行かなくていいじゃない。その子から聞いた話だけで十分でしょ?」
「いやっす! まだまだ情報が足りないっす!」
 しかし、それですべてにブレーキがかかるほど桃里はヤワじゃなった。
 ウザいほどの好奇心に満ちたキラッキラッな目で見つめられたとらはもう何を言っても無駄だなあと諦めた。

 そして日が明けて今日、とらと桃里は放課後に待ち合わせして隣町のその目撃場所にやってきたのだ。
「人いないっすねえ」
「ホントねえ」
 その目撃場所というのは閑静な住宅街で、日が暮れてきてるとはいえ、一人や二人、人が歩いててもいいようなものなのだがタイミングが悪いのか、ひとっ子一人歩いていなかった。
「もうちょっと、あっちの方にいってみるっす!あっちの方が人通りがあるっす!」
 と言って桃里はとらの方に顔をむけながら急に大通りの方に走り出した。
「ちょっと!桃里!……あ、危ない!」
 と、とらが叫んだが、時すでに遅く、角から走って来た人影と桃里はぶつかって両者尻もちをついていた。
「いてて……。あ、すいません。大丈夫っすか……」
 と桃里がぶつかった相手を見ると「ひいい!」と大声をあげた。
「とらりん!大変っす!私、この人に大ケガさせちゃったっす!ほらあ、頭に包帯してる……」
「ケガしたからって自然と包帯まかれるか! 漫画じゃあるまいし! 元々してたんでしょーが!」
 と言いながら、とらはその相手に
「大丈夫?ごめんなさいね」
 と声をかけると
「いや、大丈夫です。こちらこそよく前見てなくてごめんなさい」
 と、ポニーテールの頭に包帯を巻いたセーラー服の女の子は頭を下げた。
「いやホント、ごめんなさいね。この子、急に走り出すもんだから。ほら、ももりん!もう一度謝んなさい!」
 と促された桃里は
「ホントすいませんっす!」
 と深々と頭を下げた。
 ポニーテールの女の子は
「いや、ホントこちらこそごめんなさい。ちょっと急いでたもんだから……。あ、コレ落としたみたいですよ」
 と言いながら、その女の子は桃里が落とした例の妖怪画を拾い上げ、そこに描かれている絵に目線を落としたかと思うと、そのまま固まった。
「ん?どうしたっすか?」
「あの……これは……」
「ああ、これは私のクラスメイトがこの辺で見かけたっていう妖怪の姿っす。私が聞いたまま描いたっす」
 という桃里の言葉を聞くと、女の子はみるみる暗い表情になり、小声で「あの馬鹿……だからフラフラと外に出るなって言ったのに……」
 と呟いた。
 その呟きは桃里ととらの耳にははっきりとは伝わらなかったが、明らかにおかしい女の子の反応にとらは
「どうしたの? もしかしてその妖怪のこと何か知ってるの?」
 と問うと女の子は大きく両手を振って
「いや!知りません! こんなヘンチクリンなお化けのことなんか!」
 と、大きな声で焦りながら否定した。
 ますます怪しいととらは思ったが、知らないと言われては、それ以上追及することもできない。
 ひとまず、とらは話題を変えて
「ああ、そう……。ところで何でさっき走ってたの? なんか急いでたみたいだったけど?」
 と問うと、なぜかこの問いにも女の子は焦りながら、あぁとうぅとか呟いた後に
「……ちょっと、ウチの居候が朝から姿が見えないんで探してたんです……」
 と小声で答えた。するととらは
「そうなんだ。でも、その人、何か病気でも? それとも御高齢なのかな?」
 健康な成人であれば朝から家にいないぐらいであんなに焦ることもないだろうだろうと思ったからだ。
「いや……そう言う訳じゃないんですけど……」
 と再び女の子はうつむいてゴニョゴニョと何か小声で呟いていたが、パッと顔あげて
「そんなことよりあなたたちは?」
 と、とら達に聞いてきた。
「ああ、私は悟徳学園一年の藤澤桃里っす!」
「同じくニ年の……寺田です……」
 と名乗った。桃里はなぜ、とらがフルネームで答えないのか? と不思議そうな顔でとらを見つめてきた。が、とらはお婆ちゃんにつけられた自分の名前にコンプレックスがあるのだ。
 だから、ホントは見ず知らずの人に名乗ることなんかしたくなかった。でも、桃里が元気よく名乗ってしまったので、しぶしぶ名字だけ名乗ったのだ。
 ところが、女の子は、それを聞くとまたもや動揺しながら
「悟徳学園? まさかあなたたち妖怪研究部?」
 と聞いてきたのでとらは
「いや、私は科学部。で、こっちの桃里は漫画研究部。私たちはたんなる興味本位で来ただけなの」
 と答えた。すると、女の子はまだ怯えてる表情をしつつも、幾分安心したかのような顔をみせた。
 それを見てとった とらはウチの妖怪研究部はここらへんでも有名なんだなと、少し気が滅入った。
 というのも有名とはあまりいい意味ではないからだ。どちらかといえば悪評に近い。
 妖怪研究部部長の柳田は高級官僚の娘で、とにかく妖怪研究に熱心な人間で、ひとたび妖怪が出たという記述や噂があると、その地域全体を徹底的に調べあげる。なんせ部員を総動員したうえに金にものをいわせて興信所まで雇って調べるというから、ちょっと異常だ。
 おかげでウチの妖怪研究部の出す部誌は民俗学者の学会でも取り上げられるほど有名らしいが、一般の人からみれば女子高生やら探偵やらが必死に妖怪、妖怪と聞いてくるのだから異様な団体だろう。
 とらは同じく妖怪研究に余念のない科学部部長の楠美に連れられて、たまに妖怪研究部に顔を出す。なので妖怪研究部にも知り合いが何人かいる。それだけになんだか自分までいたたたまれない気持ちになっていた。

 とらが一人そんな暗澹たる思いにかられていた時
「おーい! 姉ちゃん!」
 と女の子に駆け寄って来る少年がいた。どうやら弟らしい。
 少年は息を切らせながらとらと桃里の姿を見とめると、軽く会釈をして、すぐに姉のほうに向かい
「姉ちゃん、アイツ帰ってきたよ!」
 と言った。すると女の子は
「ホント? あのバカ、どこほっつき歩いてたのよ!」
「いや、それがさ、姉ちゃんの頭のケガ直すためにどんなケガでもたちどころに治る『聖なる泥』を取りに行ってたんだってさ!」
「聖なる泥ー?」
 女の子はたいそうあきれた顔をした。ただ、その顔はどこか嬉しそうでもあった。
「あの……」
「あ、どうやらウチの居候、帰ってきたみたいです! お騒がせしました。じゃあ、失礼します!」
 と言って女の子は踵を返して走り出そうとした。二人の会話を聞いていたとらには何かがひっかかったのだが、何を聞けばいいのかわからないまま口をついて出たのは
「あの……あなたは?」
 という言葉だった。すると女の子はポニーテールを揺らし、体を反転すると
「あ、申し遅れました!私、立風高校二年の佐藤ありみです!」
 というがペコリと頭を下げてそのまま再び踵を返して走り去っていった。

「変な子だったすっねえ……」
 と、ありみが走り去る方向を見ながら桃里が一人呟いた。
 とらは天然の桃里に変な子扱いされるとはありみも可哀想だなと思いつつも
「そうね……」
 と応えた。
「あ!もうこんなに暗くなってる! 今日はもう、ここまでっすね……」
「今日はって……ももりん、また、ここに来る気?」
「当然っすよ! まだ、何もわかってないじゃないっすか!」
 と、桃里はあの妖怪画をもつ手をバタつかせながら相変わらずキラッキラッな目でとらを見つめてきた。
 とらはホトホトうんざりしつつ、その手にした妖怪画を見て、ふと妄想がよぎった。

 ありみの言ってた居候って、この妖怪だったりして。

 とらはポニーテールの女の子に怒られてるこのヒョロ長い妖怪の姿を夢想して、一人噴いた。
「まさかね……そんなバカなことはないか」
「ん? とらりん、何がバカなことなんすか?」
 と桃里は怪訝そうな顔で聞いてきた。
「いや、なんでもない!さあ、帰ろう!」
 と、まだ何か聞きたげな桃里を無視しながら、とらは自分たちの住む街へと歩き出した。

(2013.01.11 しげおか秀満)