えんすけっ!外伝〜文芸部発掘中〜

 冬休み直前。
 部長の泉京華の発案により、文芸部部室、時々英語準備室の大掃除が行われることとなった。
 特に燃えているのが、文芸部一の綺麗好き、整理整頓と言えばこの人、分類の鬼、小関瑠衣である。
「部長、このロッカー、開けても良いですか? 良いですよね? 開けますね」
「え、ちょっと待って瑠衣さん!」
 京華の制止を聞かず、瑠衣はロッカーを開ける。
 途端、くしゃみを連発する羽目になった。
「もう、だから言ったのに……」
 京華は長い髪をシュシュで軽く結うとマスクをし、瑠衣にも一つ渡した。
「ありがとうございます」
 ロッカーの中を探ると、過去の部誌や何十年も前の英語の教材が出て来た。
 瑠衣はロッカーの中身をテーブルに広げると、それを種類ごとにどんどん分けていく。
 結果、文芸部誌『かむさび』創刊号から第二十号まで十冊ずつ、それ以降が五冊ずつ、英語の教材が電話帳二冊分ほどあることが判明した。
「何ですかこれは! 何でこんなに既刊を取っておくんですか! 資料にするにしても二冊ずつでしょう!」
「いや、私に怒らないでよ瑠衣ちゃん……」
「先輩がしっかり在庫管理しないから怒ってるんです」
「あ、はい、ごめんなさい」
 京華は創刊号を盾のようにしながら、ついつい瑠衣に謝っていた。
「まぁまぁ、小関殿。あまりお怒りになると寿命が縮むと申しますぞ」
 拭き掃除をしていた副部長、水白八重子が二人を執り成す。
 八重子は幼い頃ギリシャに住んでおり、日本語の教材が時代劇だった時の癖が抜けずに妙な話し方をする。
 本人も外では気にしているのだが、文芸部では遠慮なく喋っている。
「ところで、机拭きを終え申したのだが、次は如何致しやしょう?」
「そうですね、じゃあ私はこのロッカーの中身を片付けてしまいますので、八重子先輩は窓を拭いて下さい」
「合点承知の助」
 八重子は新聞紙を一枚手に、とたとたと窓に取り掛かる。
「わ、私は……?」
「部長は私と一緒に片付けです」
「はぁい」
 ロッカーを閉めようとして、瑠衣はロッカーの棚の後ろに何か挟まっているのに気が付いた。
「あれ、何だろうこれ」
 破れないように細心の注意を払いながら、それを引っ張り出す。
「『東の国の知られざる落穂奇譚』?」
 それは、小冊子であった。
 タイトルを読み上げた瞬間、窓を拭いていた八重子がバッと振り向いた。
「小関殿、今何と申した?」
「え、『東の国の知られざる落穂奇譚』」
「それを拙に渡しなせぇ」
 八重子が掌を差し出す。
 もしや、と瑠衣が裏表紙を確認すると、八重子のペンネーム「半田莉玖」が作者名として書かれていた。
「これ、八重子先輩の個人誌ですか?」
「それはどうでも良いのじゃ。拙に渡すのじゃ」
「いやいやせっかくですから見せて下さいよ」
 話し方こそ変わっているが、八重子は文芸部の中でも上手の部類に入る。
 特に怪談とエッセイは、学外のコンテストで入賞するほどである。
 そんな八重子がどんな個人誌を作るのかと、瑠衣はわくわくとページを捲った。
「……『黒猫』」
「あぁぁ殺生な……」
「『猫は かわいい しかし 黒猫が横を通るとき 私は先に 黒猫の横を通る 必死に 走る この方法を 考案した者を 私は崇める』」
「ひいいいっ」
「『togetherの覚え方』」
「それはいかん! それだけはならぬ!」
「『TO GET HER(彼女をモノにするために)』」
 いつの間にか京華の姿がない。
 と思いきや、しゃがみ込んで腹を抱えて震えていた。
「八重子先輩、これは、何、何ですか?」
「日本に戻りし折に日本語の文章の書き方を学ぶために文芸部に入ったのでありんすが、色々と書いた物を一年の終わりに纏めたのでおじゃる。当時の部長の美邦絵理に取り上げられ、行方知れずとなりにけり」
「み、見つかって良かったですね」
 彼女をモノにするために、がこびりついて、冊子を返す手が震える。
「……笑うたな」
「いやいや笑ってないですよ」
「かくなる上は生かしておかぬ」
 ささっと離れていった八重子の手の中には、『かむさび』最新号。
 そして八重子はがらりと窓を開けた。
「『お化け好きと言われ少々処世術』」
「いやあああああ!」
 笑い地獄から復活した京華が八重子を追い掛け回す。
「『私は随分な迷信家だ、と言われるがそんなつもりはない。』」
「音読は止めてぇぇぇ!」

 その日は大掃除は終わらず。
 京華が八重子に肉まんとプリンとレッドブルを奢ることを約束して、漸く解散となったのである。

(2013.01.04 清見ヶ原遊市)